相性が良い、それは確かだ。命令を下したときのの顔が好きだけれど、その後に与えるご褒美に喜ぶの顔が一等好きだな、と太宰はと過ごした今迄の時間を思い出す。以前お仕置きをしたけれど、結局あれは快楽だ。太宰はいつか本当のお仕置きをしたの顔を見たいな、と思うが下手なことをして嫌われたくはない。一時だけの付き合いならそんなこと気にしないし、事実太宰は今迄相手をしてきたSubにそんな風に思ったことは無かった。には嫌われたくない、を手放したくない。手に入れているのか、と問われればそれは微妙だけど。太宰は考える。何故そう思うのか。考えて、出した答えは一つだ。
「私、ちゃんが好きだよ」
いつものホテルでの隣に腰掛けた太宰は珈琲に口を付けた。は紅茶の入ったカップを手にし乍ら「私がSubで、相性が良いから私のこと好きなんですよね?」と返した。太宰はカップを置くと、へ身体を向ける。
「私の好きはちゃんと恋仲になりたい、という意味の好きだよ」
そう云われて、は太宰から目を逸らしたくてカップを置いた。にはわからないのだ。DomとSubという性を抜きにした「好き」という感情が。は誰かとお付き合いをした事も無ければ、接吻だって先日太宰にされたのが初めてだった。
「ちゃんは私のこと嫌いかい?」
逸らされても尚を見詰め乍ら太宰は問う。は頬を赤く染めて「……好きですよ」と返した。それは本当だ。けれどは、自分が太宰を好きだと思うのは「Subとしての性がそうさせている」と思い込んでいる。は恋愛初心者、太宰はそれを百も承知である。あの手この手を使わずともに内緒でのことを調べられた。件の店の男を除けば、の過去に男の影は無い。それは太宰にとって好都合だった。「自分しか知らない」、それが余計に太宰を興奮させる。
「私、ちゃんとパートナーになりたいというの、本気だからね」
太宰はの髪を撫で乍ら云う。太宰以上に相性の良いDomはの周囲には居ない。太宰はそれも勿論知っている。ならば性急に進めなくても良い。焦って、急いで、太宰に限ってあり得ないが万が一にも下手をしてを逃すことは避けたい。が自分以外にパートナーを作る筈がない、太宰は確信していた。
「でも返事は今すぐじゃなくていい。ちゃんがその気になるのを、ずっと待ってるから」
の髪を撫でていた手が頬へ滑り、唇に触れた。は小さく「……あ、」と声を洩らす。はいつか太宰にされた接吻を思い出す。そっと唇が重なる。「“口開けて”」、太宰の命令に、の思考は溶けていく。
「あ、……んぁ、ぁ」
「ん、いい子。“舌出して”」
「ぁ、んっ、ふぁ……、んぅ、……」
「は、……いい子だね。“そのまま感じてて”」
はもう何も考えられず、只管与えられる快楽に身を任せるしかなかった。気持ちいい、ぼうっとする頭はそれだけを理解していた。が「その気」になるのは、きっとそう遠くない日にやってくる。太宰はそれ迄自分の「好き」がどういうものか、じっくりと教えていけばいいと、更に深く口付けた。
「あ、ん、……ぁっ、んぅ……」
「ふふ、可愛いね。気持ちいい?“教えて”」
「ぁ、き、もち、い」
「いい子。ご褒美をあげようね」
「何がいい?」と訊く太宰に、はぼうっとする頭で考えるも、頭が回らない。はすっかりSubspaceに入っていた。は何とか「あたま、なでて」と口にする。太宰の手が優しくの頭を撫でる。その手に気持ち良さそうに擦り寄って、は目を閉じた。
***
ここ数週間、は仕事に追われていた。太宰に連絡をする暇も、Subとしての欲求を満たす暇もなく、疲れ切っていた。夜もすっかり更けた頃、やっと仕事が一段落した。は兎に角帰って寝ようと、帰路に就く。その道中で、は太宰を見掛けた。声を掛けようとしたが、太宰の隣に立つ女性が目に入って、開きかけた口を閉じた。すらりとした痩躯の美人だった。太宰はに背を向けて立っていて、には気付いていない。時間も時間だ。こんな時間に二人きりで会うなんて、きっと恋人なのだろうとは思った。
(太宰さんには、ああいう女性の方がお似合いだよね……)
帰ったら近々会えないかと連絡をしようと思っていたけれど、の頭からそんな考えは消えた。帰り道、チクリと胸が痛む感覚には足を止めた。先程の二人を記憶から消したいのに、そうしようとすればするほど、上手くいかない。連日忙しかった仕事の所為もある。の瞳からは気付けば涙が溢れ出していた。
「うっ……うう……っ、……」
家はもうすぐ其処なのに、はその場に蹲った。視界がぼやけて、激しい頭痛がを襲った。はその場に倒れ込んだ。