は視界に入った天井があの店のものだとすぐに判った。が太宰と出会った場所、太宰と知り合う前、贔屓にしていた「Subの為の店」。外が明るい。時間を確認しようと、が起き上がったのと、扉が開いたのは同時だった。

「あ、起きましたか。さん」

「調子如何ですか?」と訊く人当たりの良さそうな青年は此処で働くDomの一人で、がよく指名していた人だった。は「褒められたい」傾向も強く、此処でそれが一番上手なのが彼だ。が「大丈夫です」と申し訳なさそうに云ったのを聞き、「道端で倒れてるから驚きましたよ」と、彼が手際良く紅茶を淹れていく。彼には医学の心得があるようで、は風邪を引いているのだと話す。偶然近くを通った彼が、病院に連れて行くより店の方が近かったから、此処に連れて来たのだと。
「お仕事忙しいんですか?」と、紅茶を差し出し乍ら彼はに問う。は礼を述べ乍ら紅茶を受け取った。

「いえ、やっと一段落したんです」
「ああ。それで疲れが出ちゃったんですね」

ベッドに腰掛けた彼は、自分の紅茶に口を付けた。はカップを両手で握り乍ら「すみません。ご迷惑おかけして……。もう私客でも無いのに」と俯いた。

「それなら気にしなくていいですよ。さん良いお客さんだったし、オーナーも了承してるんで」
「すみません……。ありがとうございます」
「ぱったりお店に来なくなっちゃったから、何かあったのかと思ってたんですけど、もしかしてパートナー出来ました?」

「あ、嫌だったら答えなくて良いですよ」と云われたけれど、は「実は……」と打ち明けた。とても相性の良い人に出会ったこと、パートナーになりたいと云われていること、その人と知らない女性が一緒に居て胸が痛かったこと。彼は真剣に、一つずつの話を聞いた。彼は褒めるのが得意だけれど、聞き上手でもあった。
この店のオーナーも教育もきちんとしていて、故に此処で働くDomたちは、所謂「出来た人間」ばかりだ。はそういうところを気に入って此処に通っていた。

「成る程。さん、その人のこと好きなんですね」
「……でも、それって私がSubだからそう思い込んでるだけなんじゃ……」
「その人と女の人が一緒で、さんは嫌だったんですよね?」
「嫌というか……」
「じゃあ、その人がもしさん以外のSubを相手にしてたら如何思います?」
「……嫌だなって、思います」
「でも、僕が他のSubを相手にしてても嫌だなとは思わないでしょ?」
「それは、」

それは、あなたが店員だから。はそう云おうとしたけれど、すぐに違うと気付いた。彼の云う通りだった。はよく彼を指名していたけれど、彼が別の客の相手をしていたとき、は別の店員を指名したことがある。そのとき、は「嫌だ」とは思わなかった。けれど太宰が自分以外を相手にしていたら、と問われ、ははっきりと「嫌だ」と云う感情が生まれた。は太宰と相性が良い、ずっとそう思っていた。だから太宰を好きなのだと、自分のSubという性がそうさせているのだと。

「私……太宰さんが好きなんだ……」

けれど、彼に云われて、は気付いた。自身のSub性を抜きにしたって、自分は太宰が好きなのだ。初めて会ったときから。あの日、太宰はをSubspaceに入らせた。本来なら、Domとの信頼関係があってこそ出来ることなのに。太宰の力量に拠るところも大きいけれど、が太宰に好意的だったから、うまくいったのだ。は無意識のうちに、それ程太宰に心を許していたのだから、答えは最初から出ていたのかもしれない。


***


「久しぶりだね、ちゃん」

の風邪はすっかり治り、太宰の云う通り久しぶりに二人で会うことになった。の名を呼ぶ太宰の声も笑顔も変わらなくて、は安心する。ひとつだけ違うのは、場所がいつものホテルではなく喫茶処ということ。
あの店に世話になった日、自分の気持ちに気付いたは、「その人に飽きたらまたいつでもうちにどうぞ」と冗談めかして云った彼に礼を述べて、家に帰った。それから気持ちの整理をつけて、太宰に会おうと決意を固めたのだ。

「私に聞きたいことがあるんじゃないのかい?」

「若しくは云いたいことが」と珈琲を手にする太宰に、は少しだけ迷って、視線を逸らして、また太宰を見た。「……どっちも」と答えたに、太宰は「それなら聞きたいことから聞こう」と微笑む。

「……恋人がいらっしゃるんですよね?」

太宰は瞬きを三回。ぱちぱちぱち。太宰は一体何が如何してその質問なのか、肝脳を絞った。もっと別の、如何してをパートナーにしたいのかとか、如何してが好きなのかとか、そう云うことを訊かれるのではないかと、太宰は思っていたのだ。最後に会ってから時間が空いたし、の性格を考えれば、太宰にはが気持ちの整理をつけて来たのだと理解するのは容易い。その上で、そう云ったことを確認したくて、そう云うことを訊かれるのだろうと思っていたのに。

「あ、いえ、答えたくなければ、それでいいんです……」

「云いたくなければ、それで……」と俯いたに、太宰は「違うのだよ」と慌てて返した。此処に探偵社の面々が居たら、あの太宰が慌てている、と驚くだろう。

「結論から云えば、私に恋人は居ない」
「え。じゃあ、あの女の人は」
「女の人?」
「あの、私、数週間くらい前に、太宰さんが夜遅い時間に女の人と二人で居るのを見たんです」

「何処で?」と訊いた太宰に、はあの辺りの目印になりそうな建物を答えた。それを聞いてすぐに合点がいった太宰は「ああ」と頷いた。

「遅くにお仕事があったのだよ。一緒に居たのは探偵社の女医。信じられないなら、国木田くんも一緒だったし、直接確認する?」

太宰はそう云うと、端末を取り出してに差し出した。画面には「国木田くん」の文字。は国木田のことをよく知っているし、太宰の言動に「恋人は居ない」と云うのを信じた。

「すみません。私、太宰さんがその人と一緒に居るのを見て……」
「見て?」
「あ、……いえ、あの……」
「私が女性と居るのを見て、ちゃんは如何思ったの?」

「教えて」と優しくかけられた言葉に、は顔を上げた。命令じゃない、只のお願いだ。太宰のDomという性を使えば、を従えさせることなんて容易いけれど、太宰はそうしない。それでは意味がないと、わかっているから。

「……嫌だな、って、思いました」
「うん」
「私、好きなんです。太宰さんが、好きです」
ちゃんがSubだから、そう思い込んでいるんじゃなくて?」

太宰はとうに気付いている。の気持ちに。でも、自分からは云ってやらない。の口から、きちんと言葉にして欲しいから。
不安気に揺れたの瞳が潤んでいく。は「ちがう」と太宰を見詰めた。

「だって、そうだったら、太宰さんが女の人と居ても嫌だなんて、思わない」

外見でその人がDomかSubか判断するのは難しい。が、太宰と女性が一緒に居るのを見たとき、DomとSubという性は何ら関係なかった。関係ないのに、は胸が痛かった。それはのSub性がそうさせている訳ではない。そこに自身がSubであることは何も関係ないのだから。そこにあったのは、という、一個人の感情なのだ。

「私も、ちゃんが好きだよ」

太宰はの言葉に優しく笑い乍ら、そう云った。それから、の卓に置かれた右手を取る。

「私とパートナーになってくれる?」

太宰はいつかに渡そうと思っていた、首輪として用意していたネックレスをその手に載せた。「あぁ、ちゃんの云いたいことを奪ってしまったね」と悪戯っ子のように笑い乍ら。
はネックレスを掌から掬い上げると、それを太宰に差し出した。未だ潤む瞳から、一粒涙が溢れ落ちて、は自分の目元を拭う。花のように笑ったが差し出したそれを、太宰は受け取った。

「太宰さんが、私につけてくれますか?」

それがの答えだ。

ハッピーエンド!