太宰はが風邪を引いていたことなど一切知らなかったし、からも連絡はしなかった。未だ二人がパートナーになる前の話で、故には態々報告することでもないと思っていたのだ。例の件で、にはそんな余裕が無かったというのも理由だけど。
他愛のないお喋りをしているとき、が只の世間話の一つとして、風邪を引いていたときのことを話したのだ。それまで「忙しかったのだね」とか「気付けなくてごめんね」とか、を気遣う言葉ばかりだったのに、がそのときあの店のDomの店員に世話になったと話した途端、太宰は「ふぅん……」とを見据えた。はその時点で察するべきだった。けれど優しい、優しい、いつも快楽へ導いてくれる太宰しか知らないには、そんなの不可能だった。

***

の話を聞き終えた太宰は「ちゃんが誰のものになったのか、じっくり教えてあげよう」といつものホテルに向かった。部屋に入って早々に「“お座り”」と命令した太宰に、は怯え乍らも従った。それから太宰は手際良くの手を後ろで縛り上げた。如何して拘束する為の縄を持っているのか、には疑問だったけれどそんなことを聞ける雰囲気ではなかった。
太宰はいつかと同じ歯ブラシを手に、に「“お口開けて”」と命令した。素直に口を開けたに、「いい子」との頭を撫でる太宰は、の知っている太宰だった。が安堵したのも束の間、太宰はの口内に歯ブラシを差し込み乍ら「これはお仕置きだよ」と心底楽しそうに笑ったのだ。

「だから、“勝手に気持ち良くなっては駄目”。いいね?」

は頷くしかなかった。

「あ、……ふぁ……」
「ふふ。可愛いね。ちゃんここ好きでしょ?」
「ああっ、……っ、や」
「“お口閉じないで”。そう、いい子」
「ひっ、……やだ、……も、やだ」

そう云って顔を背けたの顎を、太宰は掴んで「まだだぁめ」と笑った。もう数十分は口内を弄ばれている。は溢れる涙を拭うことも、口を閉じることも出来ずに、只嬌声をあげていた。太宰から与えられるそれは気持ちが良い筈なのに、命令の所為では決定的な快楽を感じられない。

「駄目だよ、気持ち良くなっちゃ。“我慢して”」
「あっ、あ、……ああ、……」
「そうそう、いい子」

命令そのものは気持ちが良いのに、気持ち良くなっては駄目だとか我慢しろだとか、は焦ったくて、訳がわからなくなってくる。頭が回らなくなって、ふわふわしてくるのに、いつもみたいにSubspaceへはいけない。は最初に「これはお仕置きだよ」と云われたのを思い出した。
太宰は常々思っていたのだ。は「お仕置き」を好まないし、以前似たことをしたとき、顔を青褪めさせていたけれど、なら、どこまで許容されるのだろうと。太宰は凡ての傾向が強いDomで、機会があればに「お仕置き」をしてみたいと。そして、その機会が今日だったのだ。

「も、……やだぁ……」

の顎を掴む太宰の手から逃れようと、は身を捩った。太宰はそんなに「悪い子だね」と笑みを深くした。

「これはもう終わりにしようか」
「ぁっ、……」

ずるりと口内から引き抜かれた歯ブラシを、はどこか名残惜しそうな目で見た。それに気付いているけど太宰は何も云わない。
の手首を縛っていた縄を解いた太宰は「“おいで”」と優しくに命令した。
はやっと許して貰えたのだと、安堵し乍ら命令に従っていつものように太宰の膝上に移動した。はあ、ととろけた瞳と声で息を吐くを見て、太宰は「未だお仕置きは終わりじゃないよ」と悪魔のように囁いた。びくりと躰を震わせたの腰を、が逃げないように掴んだ太宰は「どうしようかなあ」と。

「……やだ」
「だぁめ。云ったでしょ。君が誰をパートナーに選んだのか教えてあげるって」

云うが早いか、太宰はの手を取ると指を絡ませる。「気持ちよくなれるかな?」と楽しそうに云い乍ら。
すり、と太宰の指の付け根でのそこを擦られる。最初はただ擽ったいだけだったそれが、じわじわと熱を帯びていく。次いで太宰はの指を一本一本、指の付け根から爪の先までを優しく、じっくりと自身の親指と人差し指で擦っていく。いつもはの頭や頬を撫でて甘やかしてくれる手が、今は意地悪くを責め立てている。
そんな筈ないのに、太宰に触れられているというだけでそこが性感帯になっていくみたいだった。

「っ、……あ、……」
「気持ち良さそうだね?」
「や、だっ……っ……」
「厭?これ嫌い?止めようか?」

訊かれたってには答えている余裕なんてない。けれど太宰はそれをじゃあ仕方ないね、と許す男でもなかった。

「“教えて”。止めて欲しい?」
「ふ、うっ……っ、や、め、ないでっ……ぁっ……」

が止めないでと口にした瞬間、太宰は「じゃあおしまい」とから手を離した。何が起こったのかわからないとでも云いたげな顔でが太宰を見る。太宰は楽しそうに笑っている。ずっと。

「忘れたの?ちゃん。これはお仕置きなんだよ」

数刻前、勝手に気持ち良くなっては駄目と云われたことをは思い出した。快楽を与えてくれるけれど、我慢しなければいけない、の頭はそれでいっぱいになる。我慢?我慢って、どこまで?いつまで?
途端にの瞳が不安の色に染まった。かと思えば、数秒も経たずにの瞳からは更に涙が溢れ出した。それがいつもの快楽による涙ではなくて、本当に怖くて泣いていることに、気付かない太宰ではない。

「う、うう……ひっく……」

しゃくりあげ乍ら泣くを見て、太宰はここまでが許容範囲かと考えての頭を撫でた。これ以上やるとSubdropを起こしかねない。

「よしよし、怖かったねぇ。もうお仕置きはおしまい」
「……おしまい?」
「うん。ちゃん、ちゃんと私の言うこと聞けていい子だったね」

頭や頬を撫でながら優しく接吻を落とす太宰に、は今度こそ安堵して、太宰の接吻を受け入れた。しばらくそうして落ち着いたのかが「あの……」とおずおずと口を開いた。

「なあに?」
「……その、若しかして、太宰さん嫉妬したんですか……?」

がそう云えば、太宰は「そうだよ」と素直に返した。

「可愛い可愛い、私のちゃんが、私とパートナーになる前とはいえ、あの店に行っていたと聞いて、妬かないわけがないだろう」

「君が思っているよりずうっと私は嫉妬深い男なのだよ」との首筋に顔を埋めながら太宰が云った。
いつも紳士的で優しい太宰の、そういう幼な子のように拗ねるところを見たは新鮮で、思わず太宰の頭を撫でた。は元学校の教師。子供は嫌いじゃないのだ。

「私はもう太宰さんしか見えませんよ」

の首元には太宰が贈ったネックレスが輝いている。それが太宰しか見えていないという何よりの証拠だ。にそう云われて、太宰はきっとこの子には敵わないのだろう、との手に擦り寄った。

ハッピーエンド!...だったはず