携帯を持つ手が震える。テーブルの上でガタガタと揺れるそれに気づいた太宰が、近くにあったグラスを避けた。そんなに新しい機種ではない携帯故に画質がそこまで綺麗なわけではないのに、画面に収まったそれは輝きに輝いていた。輝きまくっていた。キラキラしている。天の川を間近で見ているかのようだ。ここは宇宙か。いや天の川を間近で見たことなんてないけど。

「うふふ良いでしょう、それ。よく撮れてるでしょ」

太宰の言葉なんて、私の耳には半分しか入っていなかった。

「…………どうやって撮ったの」

未だに収まらない手の震えをどうにか抑えようと、深呼吸。大きく吸って、吐く。はあぁぁ。何とか収まった。

「普通に撮った」
「普通に?」
「普通に」
「どうやって?」
「だから普通に」

普通って何だよ!

「敦くんに……カメラを向けたの?」
「うん」
「すやすやと寝ている敦くんに?」
「うん」
「犯罪だ!!!!!」

私の大声に揺られたグラスの氷が、小さく音を立てた。画面に映っているのは敦くん。しかしそれは私が普段目にする敦くんではなくて、目を閉じ、あどけなさの残る顔で眠る敦くんだった。眠るといっても布団で寝ているわけではなく、これは探偵社のソファだ。休憩中にでもお昼寝をしていて、そこを太宰に撮られたのか。私が探偵社員なら1000枚は連写する。

「犯罪って、ひどぉい」
「あら、太宰、盗撮は犯罪って知らないの?」
ちゃんに云われたくないなあ。敦くんアルバムが5冊目に入ったようだけど、あれぜーんぶ盗撮でしょ?」
「何で知ってんのよ!!!!」

あのアルバムは私の家にある本棚の裏の隠し部屋の中に、鍵のかかる金属製の箱に入れて厳重に保管しているし、誰にもそのアルバムのことなんて云ってないのに。

「いやあちゃんのセーフハウスに遊びに行ったときに、隠し部屋のひとつでもあったら面白いなぁと思って、探したらあったから中を見させて貰ったのさ」
「それ不法侵入って云うのよ」
「不法侵入なんて今更でしょ。私がマフィアだった頃はよく二人で敵組織の拠点に不法侵入してたじゃないか」
「それこれとは別!…………待って今セーフハウスって云ったわね?」
「うん。なかなか素敵なお家だったね。ちゃん家具選びの感性あるよ」
「太宰に誉められても嬉しくない!私、貴方にセーフハウスの場所どころか所持していることも教えてないわよねぇ?」
「うふふ。それより、何でセーフハウスにアルバム置いてるの?あんまりそっちには帰ってないんだろう?ちゃんなら毎日アルバム眺めてそうなのに」
「……何でそんなこと貴方に教えなくちゃいけないの」
「この写真欲しくないの?」
「っ…………」

欲しいか欲しくないかで云えば滅茶苦茶欲しい。喉から手が出る程欲しい。だって、敦くんの寝顔!私が撮ることは恐らく不可能な、寝顔!欲しくないわけがない。もしもこの写真がオークションサイトに出されていたら秒で落札する。いくらでも出す。しかし目の前の男は金になんか興味がない。

「……最初は、いつも帰るマンションに置いていたの。でも、一度アルバムを見始めると止まらなくて、ずっと見ちゃって、時間を忘れて……」
「それで?それで?」

楽しそうな顔してんなこの性悪!

「…………二日経ってた」
「あっはははは!ははは!敦くんのアルバム見てるだけで二日って!あのポートマフィアのちゃんが!あの仕事は予定時間の半分で終わらせるほど仕事がはやくて時間にうるさいって名高いちゃんが!好いた男の子のアルバムだけで時間を忘れるなんて!はぁー可笑しい!」
「ムカつく……!」
「今年のベストオブ笑える話はこれに決まりだね!その後どうしたの?」
「……芥川くんから着信が、百は越えてた。あと中也から三十件、その後お姐様からも三十件、首領から……一件」
「森さんからの一件が逆に恐怖だね」
「話したんだから写真寄越しなさいよ」
「その後の話をぜーんぶ聞かせてくれたらあげる」

この野郎……!

「何があったんだって皆に詰め寄られて、首領は静かににこにこしてたけど……。それで、素直に敦くんのアルバム見てたら時間忘れてました、って云ったら、中也とお姐様にこっぴどく怒られた。幸いその二日に大きい任務は入ってなかったし、その任務は代わりに部下がやってくれたけど、中也には自分の立場を考えろって怒られて、お姐様は私に何かあったんじゃないかって心配したって怒られた。で、罰として丸二日書類仕事ばっかりやらされた。まぁそれは私も反省してるから書類仕事したし、次からは気を付けようってマンションに帰ろうとしたら、芥川くんがそのアルバム処分するって云ってマンションに乗り込もうとして、ていうか乗り込んできて……あのときの芥川くんの目は本気だった……。で、此の侭じゃアルバムが羅生門に食べられると思って、どうにか芥川くんを追い出して、すぐセーフハウスに避難したってわけ。でも芥川くんもいつセーフハウスを嗅ぎ付けるかわかったものじゃないから念のため隠し部屋に置いてる。これで全部よ、満足した?」
「あー、面白かった。前線で成果をあげてきたちゃんが二日も書類仕事なんて笑っちゃうね」
「中也が幹部命令って云うから!」
ちゃんも幹部になれば良いのに。あのとき幹部になっていれば、私じゃなくて君が最年少幹部だったのにねぇ」
「厭。幹部なんて性に合わないもの。この話は終わり。さっさと写真寄越しなさいよ」
「はいはい、送るからちょっと待ってね」

カチカチと携帯を操作する太宰を横目に、酒に口をつける。あのときは兎に角皆こわかった……。中也に本気で怒られたのは思えばあれが初めてだった気がする。そういえばあのとき、後でお姐様が「中也は立場がどうとかで怒っておったが、中也もに何かあったんじゃないかって、心配していたんじゃ」とこっそり教えてくれたっけ。私って愛されてるな!まあ私は敦くんしか愛してないんだけど!

「はい送信〜」

太宰の言葉と共にメールの受信を知らせる音、と着信音が響いた。二つの音は同じ携帯からではなく、ひとつは仕事用、もうひとつはプライベート用からだった。私はプライベート用の携帯に浮かぶ「中原中也」の文字を見て、太宰の横で出るのを躊躇ったが、何かあったのかもしれない、と通話ボタンを押した。

「はーい、です」
、手前今何処にいる?』
「行きつけのバーだけど、どうしたの?何かあった?」
『……この間一緒に飲んだ店あっただろ、其処に来れるか?』
ちゃんは今私とデート中だから行けませーん」
「あっこら太宰!余計な口挟まないで!」

聞き耳も立てるな!

『なんで青鯖と仲良くデートなんかしてんだよ』
「デートじゃない!私が一人で飲んでるところに太宰が勝手に来ただけ。で、どうしたの?何があったの?」
『芥川がさんさんって泣いてんだよ』
「うわぁめんどくさそう。じゃあね!また明日!」

切った。だって泣いてる芥川くん超めんどくさいんだもん。着信音が再び響き出したけど無視だ。
却説、写真も手に入ったし私はそろそろ帰ろうかな。そう思って席を立とうとしたら、腕を掴まれた。

ちゃん、私、そっちの携帯の番号知らないのだけど」
「だってこれ太宰がマフィアを抜けた後、プライベート用で購ったものだからね。仕事用の携帯の番号は知ってるんだからいいでしょ」
「何でプライベート用の携帯に、蛞蝓から電話が掛かってくるのさ。私は仕事用しか知らないのに!」
「だって太宰とプライベートで連絡取ることはないけど中也とはあるもの」
「えっ中也とプライベートで仲良くしてるの?正気?」
「貴方と仲良くするよりよっぽどいいわよ。たまにご飯作ってもらってる」
「あぁ君料理出来ないもんね。そんなんじゃ、敦くんの胃袋掴めないよ?」
「うるさい!貴方に云われたくない!」

過去の失態を教えてしまった