えろ練習のためのお題箱「麦茶セッ…で」
微妙に人を選ぶ内容かもしれないので注意


学生の頃好きだった先輩に似ていた。それが千景さんに声をかけた理由だった。夜の繁華街で、私はそうやって時々男の人に声をかけた。恋人が欲しいわけじゃない。でも人肌が恋しくて、誰かに抱いて欲しくて、寂しさを埋めてくれる人を探す。千景さんに声をかけて、潔癖そうな人だな、断られるかもと予想は外れ、千景さんは私を抱いた。いつもなら一夜限りのはずのそれは、その数日後に千景さんに「付き合おうよ」と言われ、今では週に数日会うようになった。
私はずっと先輩が忘れられずにいるけれど、身体の相性が良かったこととかその人に似ていたこととか、定期的に抱いて貰えるメリットとか、そういうのを伝えたうえで了承した。さすがにこんな女嫌だろうと思ったけれど、千景さんは「むしろそっちの方が俺も都合がいい」と言ってきた。お互い都合の良い存在、私たちはそういう関係。
会うのは不定期で、私から連絡することもあれば、向こうからくることもあった。お盆休みに入り、私は暇を持て余していた。実家に帰省する気も起きず、でも何をしたいわけでもない。時間が出来ると、寂しさが増えていく。それを埋めて貰おうと、今日は私から連絡した。会うのは大抵どこかのホテルか私の家で、暑いなか外に出るのが億劫な私は、今夜家に来てくれませんか、とメッセージを送った。千景さんもお盆休みかもしれない。実家に帰っているかもしれない。今日は来られないかも、などと色々考えたけど「わかった。8時頃行くよ」と返ってきたメッセージに、それは杞憂に終わった。私も千景さんも余計なことはあまり話さないから、お互いにどんな仕事をしてるとか普段何をしてるとか、そういうことは知らない。でもそれでよかった。だってお互い都合の良い存在、それだけ。


「あっつ……」

昼間からガンガンにかけていた冷房が急に止まった。故障かな、とリモコンをいじったり、室外機を確認したりしていたら、約束の時間が迫っていた。今からホテルに変えようかと思ったけれど、もうこちらに向かって来てるかもしれない、千景さんが来たらそうしよう、ととりあえず故障の原因を探ることにした。数十分そうしていたけれど、結局何もわからなかった。明日にでも業者に連絡しないと、と思っていたらインターホンが鳴った。時計を見れば8時を少し過ぎたところで、モニターを見ればそこには千景さんが居た。スーツを着ているから仕事だったのかもしれない。インターホン越しに「どうぞ。開いてますよ」と言えば「お邪魔します」と扉の開く音。私はキッチンに向かって二人分の麦茶を用意した。千景さんが手をつけないことはわかっているけど、自分の分だけ出すのは気が引けるので。そんなに広くない家で、玄関で「不用心じゃない?」と言いながら鍵をかける音が、キッチンにも届いた。

「千景さん来るのわかってたから」
「君一応女の子なんだからもうちょっと危機感持ったら?」
「考えておきます。あ、それより来て貰って悪いんですけど、なんかクーラー壊れちゃって」

だからホテル行きませんか、と麦茶をテーブルに置きながら提案した。千景さんに「お茶入れたのに?」と言われて気付いた。お客さんが来たらお茶を出すから、いつもの癖だった。「あ、つい癖で」と誤魔化しておく。

「俺は別にここでいいよ」
「千景さん暑くないの?」
「慣れてるから平気」

「それに、どうせもっと暑くなるよ」とネクタイと腕時計を外しながら千景さんが言う。どうやったら暑さに慣れるのだろう、と不思議だったけれど追及はしなかった。きっと聞いてもはぐらかされるだろう、とそんな気がして。
麦茶に口をつける私に、千景さんが「」と私を呼ぶ。それが合図だった。千景さんは、このときしか私の名前を呼ばない。私は慌てて汗をかいたグラスをテーブルに戻す。そっと髪を耳にかけられて、汗ばんだ顔を撫でられる。キスはしない。そういう約束。「シャワー浴びてない」、そう言えば千景さんは「いいよ、別に」と首筋にキスをした。外で鳴くひぐらしの声が、今日はよく聞こえた。

「ベッド行こうか」

暑くてぼんやりする頭で、千景さんの言葉を理解する。頷いた私に、千景さんが「君に魔法をかけてあげる」と私の目を塞いだ。千景さんは「魔法?」と聞き返した私から手を離してベッドまで連れて行くと、また目を塞いだ。

「君の好きな人は、君をなんて呼んでいた?」
「……
。じゃあ、その人はどんな人だった?」
「優しくて、雰囲気は千景さんに似てた」
「そう。今から君を抱くのは、君の好きなその先輩だよ、いいね」

目を塞がれたまま、有無を言わせぬ声で言う。私が返事をするより先に、千景さんの手が、私の身体に触れる。弱いところを撫でられて「あっ」と高い声が出る。千景さんが器用な人だというのは知っているけれど、私の目を塞ぎながら前戯をするから、改めてその器用さを実感する。

「何考えてるの?集中して」

ずちゅ、と指が入ってくる。「ち、かげさっ」と呼べば、指がぴたりと止まった。

「俺は、千景じゃないよ。に愛されてる、が好きな先輩」

そう言うとまた指が入ってくる。内側の、弱いところを擦られて、頭がぐちゃぐちゃになる。そういえば、私は千景さんに私の好きな人が先輩だったって、伝えたことがあっただろうか。訊きたかったけれど、激しくなる指の動きに、それは叶わなかった。

「あっ、そこ……んぅ、やだ、っ」
「やだ、じゃないでしょ。は、ここ、好きだよね」
「や、だ、ちがっ……ああっ……」
「違わない。だって気持ち良くてイッたでしょ」
「ちが、そ、じゃなくて、ちかげさんっ」

肩で息をしながら声を上げる。それに驚いた千景さんの手が、私の目から離れていく。そう、違う。私を抱くのはあの先輩じゃない。だって私はあの先輩を一方的に好きだっただけだし、あの人の体温だって知らない。

「わたし、知らないんです、本当はあの人が私をなんて呼ぶかなんて知らない……」

ぼろぼろと生温い涙が溢れてくる。

「千景さんが、私のこと呼んでくれると、嬉しくて……」

お互い都合の良い存在。それだけのはずだったのに。いつの間にか、千景さんに触れられるのが嬉しくなっていた。千景さんの声で「」って呼んで貰えて、心が満たされていった。触れて貰えると、寂しさなんてどこかへ消えて、もっと、と欲張りになる。気付いてしまった、本当の気持ちに。
千景さんは「困ったな」と眉を下げて笑う。本気で好きになって良い相手じゃない、私はそれをわかっていたはずなのに。もう会ってくれなくなったらどうしよう、と不安な私に、千景さんの唇が触れた。

「ん、んっ……」
「俺、思ってたより君のこと気に入ってるみたいだ」

千景さんが自嘲するかのようにそう言って笑う。「こんなはずじゃなかったんだけど」と。
驚いた顔をする私を他所に、千景さんは「入れるよ」と私の足を掴んだ。熱くなったそこに、千景さんが入ってくる。私が何かを言う隙なんて与えない、とでも言いたげに。千景さんとするのは初めてじゃないし、何度もしてきた。むしろそういうことをするためだけに、会っていた。

「ああ、……っ……あっ……ん……」

なのに、何故か今日はいつもより気持ちが良い。冷房の効いてない部屋は暑くて、外も内もドロドロで、それなのに、止めて欲しくない。「」と千景さんが私を呼ぶ。千景さんの声で。

「君に、魔法をかけてあげる」

千景さんが笑う。それに返してる余裕なんてなくて「ひぅ……っ、ああっ……」と喘ぎ声が止まらなかった。「俺のこと、好きになって」、どこか泣きそうな、切なそうな声で千景さんが言う。それは多分、祈りに近かったと思う。
汗ばんだ千景さんの頬に手を伸ばす。千景さんは触られるのがあまり好きではなかった。けれどその手に擦り寄った千景さんが「何?」と優しく笑う。あぁそっか。千景さんも、私を好きだから、いつもより気持ちが良いんだ、と気付く。
パタ、と千景さんの汗が私の頬に落ちる。もしかしたら涙だったのかも、と思ったけれど、暑くて気持ち良くてぼんやりする頭ではそれ以上考えられなかった。

「っ、あっ、……好き、ですよ……千景さんが、好きっ……」

そう言いながら目を閉じる。限界をとうに越えている私に気付いた千景さんは「うん、俺も」と頬に伸ばした私の手を取って、握った。カラン、と氷の溶ける音をどこか遠くに聞きながら、私は意識を手放した。
君に魔法をかけてあげる