彼は翌日も来店した。午前中に売れた商品の数を確認しながら、これはもう少し増やそうとか、これは減らしても良いかなとか、そんなことを考えていた。軽快なベルの音に、考えるのを一旦止めて「いらっしゃいませ」と顔を上げれば、彼は昨日と同じ微笑みで「こんにちは」と返してくれた。

「こんにちは」
「昨日こちらで買ったチョコレート、美味しかったのでまた買いに来たのですが……」

 午前中までビターチョコレートが並んでいたショーケースの端に目を向けた彼は「売り切れみたいですね」と肩を落とした。

「すみません……。思ったより人気で、午前中に売れちゃったんです」

「明日はもう少し多く並べる予定です」と言えば、彼は「そうですか」と嬉しそうに微笑んだ。商品を気に入って貰えたのが嬉しいと同時に、折角来店してくれたのに申し訳ないなという気持ちが募る。
 まだ開けたばかりの店、常連になってくれそうな彼を逃したくないなと考え、ふと午前中に試作したものを思い出した。ショーケースを眺める彼に「すみません、ちょっと待っててください」と声をかけ、一度店の奥へ引っ込む。
 試作段階のそれが載った小皿を手に戻れば、彼は不思議そうな、でもどこか楽しそうな顔をしていた。

「あの、これ、試作品なんですけど良かったら」
「おや、よろしいのですか?」
「はい。折角来て頂いたので……。お詫び、と言うのは変ですけど……」

 彼は「いただきます」と細く長い指で一つそれを摘んだ。

「ん……、甘味と酸味のバランスが良いですね。中のこれは……ジャムですか?」
「はい。西のルージュベリーを使ったジャムが入ってます。試作品なので小さいですけど、もう少し大きめに作って、折角ならルージュベリーの特性が活かせるようにしようかなと考えてます」
「なるほど。一口で食べてしまったのは勿体なかったですね」

 ルージュベリーは食べると一時的に唇の色が変わる。それで作ったお酒を友人が飲んでいたことがあるけれど、赤く染まった唇が可愛らしくもあり、妖艶でもあった。
 今回の試作品は小さめで、彼の言う通り一口で食べられるものだけれど、二口程度で食べられるようにして、ルージュベリーの特性を楽しんで貰うものを作る予定だ。

「また作るので、そのときまた試食してくれますか?」
「私で良ければ喜んで」

「ああ、でも」と言いながら、小皿からもう一粒摘んだ彼が、それを私の口に押し付けた。「んぇ」と間抜けな私の声に、クスクス笑った彼が、綺麗な顔をほんの少し近付ける。

「あなたの唇が熱っぽく染まるのも、ぜひ見たいものですね」

 くっと押し込められたチョコレートが、口の中で溶けていく。思わず小皿から手を離して、両手で口を覆った。「ふふ、可愛らしい人」と、彼が器用に小皿を受け止める。
 それから何個か彼はチョコレートを買って帰ったけど、私はそのときの記憶がほとんどなかった。