今日は定休日だ。休みといっても、お客さんの相手をするために店頭に立たないだけで、売り上げの集計や材料の仕入れなどやることはたくさんある。店を始めてはや一月。何とか売り上げも安定してきた。
雑務の前に昨日の売れ残りを処理しなくては、とショーケースに目を向ける。有難いことにそう多くないチョコレートたちを適当に小皿に盛り付ける。今は涼しい時期だから良いけれど、暑い時期になったらチョコレートは店に並べられないな、とぼんやり考える。そのときはクッキーやケーキを作ろうか、どんなものが良いのだろう。
天気も良いし、外に置いたベンチに座って食べようと店を出る。空を見上げれば、魔法使いが飛んでいた。魔法を使えば、夏場でもチョコレートを店に並べられるだろうか。生憎、私は人間だからそんなのは夢のまた夢だけれど。
「いいなあ」
チョコレートを口にしながら、ぽつりと溢した。同時に、そんな言葉が自分の口から出てきて嫌になる。魔法使いは嫌いだ。けれど、魔法が使えたら便利なことは多いし、ゆうゆうと空を飛んでみたいと思ってしまう。
「魔法使いが羨ましいのですか?」
急に聞こえた艶のある声に、驚きながら前を見れば、そこにはいつもの彼が立っていた。私は「いえ……」と言い淀んだ。それから思い出して、慌てて「すみません、今日はお休みなんです」と言うと、彼は「そのようですね」と微笑んで隣に腰掛けた。
「店の看板をきちんと見ていませんでした」
「すみません、折角来て頂いたのに……」
「いえ。来て良かったです」
彼が小皿から一つ、チョコレートを摘んだ。いつの日かのように、それを私の口に押し付けて、彼は「こうしてあなたとゆっくりお話し出来ますから」と笑う。私は顔が熱くなるのを感じて、あの日と同じように口を両手で覆おうとしたけれど、寸でのところで小皿を持っていることを思い出した。
「今日は落としませんでしたね」
「かっ、からかわないでください……!」
「からかってなどいませんよ」と、彼がまた一つ、チョコレートを摘んだ。それをこちらに向けられて、私は顔が赤いまま「じ、自分で食べられますから……!」と、その手からチョコレートを奪った。彼が「おや、残念」と呟いた。残念、って、なに。
「実は、今日は相談があって来たんです」
「相談?」
「はい。私も店をやってるのですが、先日こちらで買ったチョコレートを出したら大変好評でして」
「多く仕入れたいんですよ」と彼が私の顔を覗き込んだ。私は彼の言葉を頭の中で繰り返した。つまり、私の店と取引がしたいということだ。私は嬉しくなって「ありがとうございます!」といつもより大きな声が出てしまった。
「嬉しいです。えっと、お名前……」
「シャイロックです」
「シャイロックさん。私はです。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
今更何だか変な感じだなと思ったけれど、そんなことはどうでも良かった。一度店の中に入って、ペンとメモ用紙を持って来る。彼がどれを多めに買いたいだとか、いつ取りに来るだとか言うのをメモしながら、私も必要なことを伝えていく。
大方決まって、じゃあ来週からという結論に至ったところで、「シャイロックさんは何のお店をされてるんですか?」と訊いた。
「酒場を経営しています」
「シャイロックさんのお店って、オシャレそうですね」
「そう思います?」
「はい。そういえば、魔法使いがやってる酒場の話を聞いたことがあるけど、私には縁が無いなあ」
「おや、どうして?」と首を傾げる彼に、私は「……私、魔法使いが嫌いなんです」と返した。彼は聞き上手で、彼になら話してもいいかな、という気にさせる。普段はこんなこと話さないのに、私の口からはそう溢れていた。
「幼い頃、魔法使いに両親を殺されたんです」