彼女から手紙を貰ってから、二ヶ月は経っていた。彼女から仕入れたチョコレートの在庫はとうに無くなり、そろそろ営業再開するだろうかと彼女の店に足を運んだ。しかし店の看板はcloseと書かれた面が上になっていた。鍵も掛かっていて、店の明かりもついていない。まだ休暇を終えていないのか、とガラス張りの扉から中を覗いた。
 中はぐちゃぐちゃだった。ショーケースは割れ、ガラスが床に散らばっている。更に驚いたのは、店内の隅、客のために設けられた椅子に彼女が膝を抱えて座っていたことだ。

「……っ、……!」

 扉を叩けば、彼女は一度身体を跳ねさせて、こちらを向いた。鍵の開く音がして、薄暗い店内から彼女が顔を出す。

「シャイロックさん」
「どうしたんですか?」
「あ、……すみません、何の連絡もしないで、ずっとお休みしてて……」

 気まずそうにそう話す彼女の目は、真っ赤に腫れていた。

「それはお気になさらず。何があったのですか?」

 めちゃくちゃになった店内を見回してそう訊けば、彼女が「……魔法使いが、」と話し出した。
 彼女の店に来る魔法使いは少なくない。彼女の作る菓子は人間にも魔法使いにも評判で、それ自体は有難いことなのだと、彼女は話す。

「その日も、魔法使いのお客さんが来て、でもその人が欲しいものは売り切れちゃって、作ってくれと頼まれたんですけど、一人だけ贔屓するわけにはいかないって、断ったんです……」
「そうしたら店を荒らされた?」
「はい……。材料もお菓子も盗られてて、私、ショックで、お店も直さなくちゃいけないし……」
「それでしばらく休暇を取ると仰っていたのですね」
「でも、直さなくちゃいけないのに、悲しくて、何にも手につかなくて……」

「ごめんなさい……」と彼女の瞳から涙が溢れ出す。彼女は自分の店と、そこに来てくれる客が好きだ。それは、恐らく守れなかった店への謝罪なのだろう。
 彼女の肩を抱いて、そっと外のベンチに座らせて、煙管を取り出す。
 魔法を使えば、鍵を開けることなんて容易かった。そうしなかったのは、彼女に自分が魔法使いであると知られるのが、怖かったからだ。けれど、彼女の涙を見て、そんなことはどうでも良くなった。

「インヴィーベル」

 煙が店内に入り込んで、彼女の作るチョコレートのように甘い香りが漂う。散らばったガラスが宙に浮いて、ショーケースが元通りになる。何も並べられていないそれを、少し寂しく感じた。
 彼女が顔を上げて、驚いた顔でこちらを見る。月明かりに照らされた彼女の涙が輝いていた。
 頭の片隅で、いつか閉店間際に店にやって来たムルが笑っている。そうだ。ムルの言う通り、彼女に恋をしているのだ。