僕の何が不満なんです

学生時代、アズールは卒業したらをどこかに閉じこめてしまおうかと考えていた。実は結婚した今でもほんの少し考えてはいる。しかしアズールは、自由奔放で、二本の足であちこちを駆け回る、そんなが好きなのだ。


「そう思っていたんですけどねぇ」

バサバサバサ、との前に何枚もの写真が落とされた。は読んでいた本を閉じると、あらあら旦那さまったら何を怒っているのかしら、とでも言いたげな微笑みを浮かべ、写真に目をやった。そこに映るのはと、より頭三個分くらい背の高い男。二人が笑い合って街中を歩いている写真。そんな二人の写真が、何枚も。

「少し自由にさせ過ぎましたかね」

にっこり、笑顔を崩さないアズール。しかしも負けていなかった。微笑みを崩さず、写真を手に取り、何枚か見てこれはあの日のお昼頃かな、なんて呑気に考えている。ここで謝罪の言葉が出るなら特別に許してやろう、二度と同じことはさせないが、とアズールはが口を開くのを待った。待つこと数分、の口からは「これ、アズールさんが撮ったんですか?よく撮れてますね」だった。は自由奔放で、行動力の化身みたいな女だ。気になったことは解決するまで放っておけないし、好奇心も旺盛。好奇心だけで突っ走っては、アズールを困らせてきた。しかし惚れた弱みというやつで、アズールはそんなふうに振り回されるのも悪くないと思っていた。「全く、仕方ないですね」なんて笑って、大抵のことは許してきたのだ。けれど、今回ばかりはそうもいかない。

「あなた、他に言うことないんですか」

相変わらず笑顔。怖いくらいの笑顔。これが商談なら「何でも仰せのままに!」と向こうから言ってきそうな、そんな顔。泣く子も黙るどころか怖すぎて真顔になる。でもにそんな笑顔は通じない。だってあのアズールの妻。普通の人に務まるわけがない。

「他に……?あ、今日のお夕飯何がよろしいですか?」

笑顔でコテン、と首を傾げる妻。そんな妻が可愛くないわけがない。普段からアズールの目にははそれはもうとてつもなく可愛く見えているのだから。とどのつまり、アズールはにベタ惚れだった。グッ、と喉から変な声が出たアズールは絞り出すように「……唐揚げ」。そんなアズールに「はい、旦那さま」と笑顔で返す
アズールはを手放すまいと、いろんなことをしてきた。が共学の学校に通っていたこともあり、とにかく余計な虫がつかないようにそりゃあもう、いろいろやった。には言えないようなことだって。だからいつ愛想を尽かされもおかしくはないとアズールは思っている。けれどもしそうなってもと別れようなどと一切考えていない。

「……僕の何が不満なんです」

アズールから笑顔が消え、泣きそうな子供みたいな顔でそう溢した。がそれにきょとん、とした顔を浮かべると「何も不満なんてありませんよ」と笑う。

「嘘だ……!」
「あらあら、私をお疑いですか?酷い旦那さまだわ」
「だって……、なら、僕に不満がないなら、何で浮気なんて……」

今にも泣き出しそうな、いや目尻からは微妙に涙が出ているアズールに、は「浮気?」と素っ頓狂な声をあげた。

「私が?アズールさんを愛しているこの私が?」

「浮気だなんて!」とは芝居がかかった声で言う。しくしく、と声に出しながら泣き真似をする。そんなに、妙なデジャヴ。似ている、あの双子の片割れの泣き真似に。アズールは段々靄が晴れていく気がした。は好奇心旺盛で、行動力の化身みたいな女。気になることがあれば、解決するまで放っておけない。

「……騙しましたね」

残念なことに、今回のの「気になること」のターゲットになったのは、夫のアズールだったのである。

「いやですわ、騙したなんて!私はちょっと、ほんのちょーっとだけ、私が他の男性と歩いているのを見た旦那さまはどんなお顔をするのかしら、って気になっただけですのに」

なるほど、それが今回のの気になることか、と納得したアズールは、そういえばこの写真を寄越してきたのはジェイドだったなと思い出す。写真を見せながら「愛しい旦那さまが構って差し上げないと他の雄に取られてしまいますよ?」と楽しそうに言ってきた。ジェイドに差し出された時点で疑うべきだった、とアズールは後悔。「アズールさん、最近忙しそうでしたし」と頬を膨らませながら呟いたに、アズールは合点がいった。

「最近忙しくて、構ってやれなくてすみません」

すっかり上機嫌のアズール。好奇心旺盛で自由奔放で、構われないと拗ねちゃう可愛いところがある、いや可愛いところしかないを、アズールは誰よりも愛している。

「あなたって人は可愛いですね、本当に。……その男、もしかしてジェイドですか」
「ええ。私が作った魔法薬で髪色と、顔も少しだけ変えてもらいました。パッと見で横顔だけじゃ、気づかないでしょう」
「そうですね。あなたは大変優秀で素晴らしい魔女ですよ、ええ、本当にね」

ハァァ、と長いため息を吐いたアズールは、の隣に腰を下ろした。「愛想を尽かされたらどうしようかと思いました」、幼子のようにぎゅう、との腕を抱くアズール。はアズールの髪を撫で、楽しそうに笑いながら「ふふ、私、とっても愛されてますね」と喜んだ。



20200804