唐揚げを作れるようになりたいんです

「だぁからぁ!何でわかんねぇの?!」
「あっつ、熱い!熱いですこれ!」
「あーあーもうだから投げ入れたら火傷するっつってんじゃん!」
「これ揚がってます?!ひゃっ油撥ねる!!」
ちゃんちょっといい加減にして?!貸して!オレやるから!」

その日、アーシェングロット家のキッチンは騒がしかった。怒鳴るフロイド、慌てる、さっきから鳴りっぱなしのフロイドのスマホ。そんなスマホを気にする暇もなくフロイドは「ちゃんはそこで見てて!」とをコンロの前から無理矢理退かした。は肩を落としながら、唐揚げ作りは難しいなと溜息を吐いた。フロイドは「溜息吐きたいのはこっちなんだけど?!」と怒り心頭である。
結婚して同じ家に住むようになったとアズール。アズールが仕事の間、は家の掃除をしたり本を読んだり、好きに過ごしている。アズールは基本的にのすることに口を出さないけれど、が働きたいと言ったときだけは、物凄い勢いで駄目だと言った。しかしずっと家に居るのも暇なのだ。は料理が苦手だった。いや現在進行形で苦手だ。なので、暇な時間を有効活用しようと、こうしてフロイドに頼み込んで料理を教わっている。当のフロイドは頼まれたときは機嫌が良かったからとはいえ、引き受けるんじゃなかったと後悔していた。けれどここで目を離したらが何を仕出かすかわからない。に何かあったらアズールがそりゃあもう物凄く怒るし面倒なことになるだろう、とフロイドは最後まで付き合うことにした。

「すごい……美味しそう……」
「このくらいの色になったらオッケー。二度揚げするとアズール好みのカリッとしたやつになるけど、今日はこれでおしまいね」
「はい。結局全部フロイドさんにやって貰っちゃいましたね……」

しゅんとしながらも「次は一人で頑張ります!」と笑ったに、フロイドは「絶対だめ!」と唐揚げを皿に盛りながら言った。

ちゃん絶対一人でやんないで。アズールかジェイド呼んで。わかった?!」

フロイドの勢いに負けたはコクコクと頷いた。フロイドはそれから鳴りっぱなしだったスマホを確認すれば、アズールからえげつない着信が入っていた。うげぇと声に出しながら掛け直そうかと思ったが止めた。面倒くさいから。は出来上がった唐揚げを前に、「鶏肉は一口大に切って……、下味をつけて……」とフロイドに教えて貰った作り方を復習していた。フロイドがその様子を眺めていれば、再度鳴ったフロイドのスマホにメッセージが入っていた。それはアズールからで「もうすぐ帰ります。絶対さんに手を出すなよ!」と書かれていた。出すわけねぇ、と心の中で返したフロイドは、ぶつぶつ呟くをこっそり写真に収めてアズールに送った。ものの数秒で「その写真今すぐ消せ」と返ってきた。無論アズールは写真を保存した。
が「あ、もうすぐアズールさん帰ってくるみたいです」と自分のスマホを手に笑った。フロイドがに料理を教えるため家に来ることは、アズールは当然知っている。最初は二人きりなんて駄目だと反対していたアズールも、可愛い妻に「アズールさんのために唐揚げを作れるようになりたいんです」とお願いされては、無下にできるはずがなかった。

「じゃあ、オレもう帰るね~」
「食べて行かないんですか?」
「アズール帰ってきたら絶対ネチネチうるせぇからいい」
「そうですか?……いや、そうですね。多分言われますね」
「あは、ちゃんアズールのことよくわかってんじゃん」
「愛しい旦那さまのことですからね」
「あーはいはい。胸焼けしそうだからマジで帰るわ」
「はい、ありがとうざいました。お気をつけて」

フロイドは見送るに「ちゃん絶対一人で料理しちゃ駄目だよ」と念を押した。はそれに「もう、わかりましたってば」と返す。フロイドが去って数十分後、「ただいま帰りました」とアズールが帰ってきた。は「お帰りなさいませ」とアズールへパタパタ駆け寄っていく。自分の妻は今日もなんて可愛いのだろうとアズールは思った。

「フロイドに変なことされませんでしたか?」
「されてませんよ。旦那さまったら、心配性ですね」
「あなた可愛いんですから、心配もしますよ」
「ふふ、今日もアズールさんに愛されてて幸せです。お腹空いてますよね?冷めちゃいますから、はやく食べましょう」

はアズールの手を引っ張って、ダイニングへ連れて行く。アズールはそのあまりの可愛さに胸を抑えた。今日も妻が可愛い。「ほとんどフロイドさんにやって貰ったんですけどね」と少し眉を下げたに、アズールは「別に、さんは料理なんて出来なくてもいいんですよ」と返した。は唐揚げを運びながら「そういうわけにはいきません」と頬を膨らませる。

「私、もっと妻としていろいろ出来るようになりたいんです」
「あなた、本当に可愛いですね」
「もう!今私は真剣な話をしているんですよ!」
「はい、はい。わかってますよ。ですが、食事なら僕が作りますし、僕がいないときはデリバリーを頼むなり外で食べるなりすればいいじゃ無いですか。カードは渡してますよね」

はアズールから、欲しいものがあるならこれで買えとカードを渡されていたが、あまり使っていなかった。ちなみには、カードの上限は恐ろしいので聞いていない。

「でも……」
「帰ってくるときフロイドとすれ違ったんですが、聞きましたよ。火傷しそうになったと」
「それは……その……」
「火傷したり、怪我したらと思うと僕は不安で不安で……」
「私、治癒魔法だって使えますし、アズールさんは心配し過ぎですよ」
さんが優秀な魔女なのは知っていますよ。ですが、いくら優秀で、治せるからと言って、愛する妻が怪我をするのを黙って見ていられる訳がないでしょう」
「……じゃあ、アズールさんは私が作ったものは食べたくないんですか」

瞳に涙が溜まっていくに、アズールは慌てて「ちがっ、そういうわけではっ」との涙を拭った。

「私、アズールさんのために、唐揚げだけでも作れるようになりたいのに……」

うるうるした瞳でそう言われて、アズールの心臓が撃ち抜かれないわけがなかった。いやもう出会った頃から撃ち抜かれているけれど。
アズールは溜息を吐くと「わかりました」と微笑んだ。はそれに、ぱあっと顔を輝かせる。

「唐揚げだけなら、作っても構いません」

「ただし、作るときは絶対僕を呼んでください」とアズールはフロイドと同じようなことを言う。輝いたの顔は一瞬にして曇った。

「他のお料理は……」
「ダメです。危ないので」

が包丁を使っているところや、鶏肉を高温の油に文字通り投げ入れるところを見ていたフロイドは、アズールに「あれはヤバい。絶対一人でやらせない方がいい」と珍しく真面目な顔で話したのだ。あのフロイドが「ヤバい」と言うくらいだ。それも真顔で。マジでヤバいのだろう、とアズールは未だ見たことのないが料理をする姿を想像したが、包丁で手を切ったり、油が撥ねて火傷したりする姿ばかり浮かんだ。絶対に一人で料理をさせない、アズールは固く誓った。
「でも……でも……」と食い下がろうとするに、アズールはにっこり笑う。そりゃあアズールだって、可愛い妻のお願いを出来る限り叶えてあげたい。けれど、それがが怪我をしたり危ない目に遭うなら話は別なのだ。

「聞き分けがないようなら、キッチンの無い家を建ててそこに住んでもいいんですよ」

そうなったら他の料理どころか、許可された唐揚げさえ作れない、は「うっ……」と呻いた。それに、料理をしなくともキッチンが無いと何かと不便だ。アズールはやると言ったらやる。はそれをよくわかっている。数分呻いたは、「わかりました……」と観念した。「わかって頂けて何よりです」とアズールはにこにこだった。
それからすっかり冷めてしまった唐揚げを口に運んだは、流石フロイドの手作り、冷めても美味しいなと涙と一緒に飲み込んだ。



20200820