吐く息も凍るような国での仕事を終えたばかりだった。この国でわたしに仕事を依頼してくるのは大半が魔法使いだけれど、今回は珍しく人間の女性だった。
結婚指輪を作って欲しい、それが今回の依頼だ。出来栄えに満足頂けたようで、約束していた金額より少し多めに入った封筒を受け取って、わたしは北の国を出た。
宝飾品専門の彫金師、それがわたしの職業だ。彫金には魔法を使わず全てを手作業で行なっている。それが評判なようで、彫金師としてその界隈では有名になった。
以前は各国を転々として一定期間そこに滞在して仕事をしていたけれど、長く生きていると肉体的にも精神的にもガタがくるわけで、数百年ほど前からはこうして依頼があったときだけその国に赴くようにしている。
依頼の数自体はあまり減らないが、受ける依頼を減らしてのんびり働いている。
「永遠の愛かぁ」
自分の家がある西の国に帰りながら、今回のお客さんが楽しそうに話していたのを思い出す。永遠の愛を互いに誓ったのだと話していた。魔法使いと結婚する人間は何件か前例があるし、大して驚くことでもない。けれど、それは幸せなのだろうかと、わたしは時々考える。
「ま、わたしには関係ないや」
考えるが、結局いつも結論は同じだ。当人たちが幸せならそれでいい。
幸せそうな人たちを見たせいか、わたしの愛しい魔法使い、ムルに会いたくなって、今から会いに行こうと軌道を変えた。
***
中央の国にある魔法舎に来るのは久しぶりで、着いてから正式な手続きが必要なことを思い出した。今から城へ手続きに行くのは面倒くさく、とりあえず誰かしらに気付いて貰おうと「こんにちはー!」と声を上げた。数秒経って「はーい」と顔を出したのは優しそうな人だった。賢者様だ。その隣にはフィガロ先生の姿が見える。
わたしを見たフィガロ先生の口が「」と動いた。フィガロ先生が賢者様に何かを話すと、賢者様は頷いて魔法舎の中へ入って行った。
「こんにちは、フィガロ先生」
「こんにちは。久しぶりだね。ムルに会いに来たの?」
「うん。いる?」
「今賢者様が呼びに行ってるから、中にどうぞ」
「お邪魔します」
フィガロ先生に案内されて談話室へ向かえば、そこにはソファに座ったシャイロックと賢者様、それから宙に浮いたムルがいた。
フィガロ先生は「じゃあ、俺は用事があるから」と出て行った。その背中にお礼を述べて、宙に浮くムルに目を向ける。今すぐにでも抱きしめたいけれど、今日は賢者様がいる。先に挨拶を済ませようと、賢者様の座るソファに近付いた。
「初めまして。賢者様ですよね?」
「はい。賢者の晶です」
「晶さん。わたしは魔女のです。どうぞよろしくお願いします」
頭を下げたわたしに、賢者様は戸惑いながらも「よろしくお願いします」と返してくれた。
どうして自分を賢者だと知っているのだろう、そんな顔をしている。賢者様は魔法使いたちの間では有名人だ。魔法使いたちの賢者だと知らずにうっかり殺してしまったら大変だから。それを伝えると、賢者様は「そうですか……」と何とも言い難い顔をしていた。
挨拶も済ませたし、もう良いだろうと「ムル!」とムルを呼んだ。ムルは数秒間じっとこちらを見つめた後「えーっと……! シャイロックの友達!」と楽しそうに笑った。良かった。忘れられていない。
ムルは宙から降りると賢者様とシャイロックの間に腰掛けた。賢者様が「あ、どうぞ座ってください」とわたしに一人掛けのソファを指す。お茶を淹れてくると立ち上がった賢者様を見送り、わたしもソファに腰掛けた。
「ムル、名前は正解。でもシャイロックの友達は不正解」
「そうなの? でもシャイロックは友達って言ってた」
「……相変わらず、ムルに余計なことを教えるのが趣味のようね、シャイロック」
「私は事実しか教えていませんよ」
何が面白いのか、クスクスと笑いながら言うシャイロックを睨み付ける。シャイロックは「おや、怖い」と煙管に火をつけた。不愉快な花の香り。こんな男、相手にするだけ無駄だ。
「ムル、こっちに来て。顔をよく見せてくれる?」
「なに? 俺の顔が見たいの? 俺の顔好き? 嫌い?」
床に座ってわたしの膝に両手を置いて見上げてくるムルを、猫みたいだなと思う。動物はあまり好かないけれど、猫のようなムルは可愛く思う。
「大好きよ。顔だけじゃない。全部大好き。可愛い可愛いわたしのムル」
そっとムルの頬を両手で包むと、ムルは「にゃーぉ」と言って目を閉じた。可愛いムル。
ムルがこんなふうになってしまったばかりの頃、わたしはずっとシャイロックに文句を言っていた。以前のムルを返せと。シャイロックはいつもそれを聞き流して、それが余計に腹立たしかったけれど、今はこのムルも受け入れられるようになった。
「あなたのじゃありませんよ」
煙を吐き出したシャイロックが言う。その瞳は意地悪く、どこまでも腹立たしく、不愉快だった。わたしはこの男が嫌いだ。