二、忘れられたジュエル

「お待たせしました」
 
 シャイロックに文句を言おうとしたところで、四人分の紅茶をトレイに載せた賢者様が戻って来た。
 床に座るムルを見て、賢者様は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに何でもない顔に戻って紅茶をテーブルに並べていく。わたしは文句を飲み込んで、賢者様にお礼を述べた。
 そういえば、と帰り道でムルに買ったお土産を思い出してポケットを漁る。わたしを見上げるムルを呼んで、キャンディを一粒差し出した。

「いいものあげる。口開けて」
「あ」
「はい、美味しい?」
「ん、……! すごい! 口の中でパチパチしてる!」

「花火が口の中にあるみたい」と喜ぶムルの頭を撫でる。
 シャイロックが「ムル、何でも口にするのはあまり感心しませんね」と溜め息を吐いた。

「晶さんもどうですか? 美味しいですよ」
「賢者様、止したほうがよろしいかと」
「え、あの……」
「賢者様、これ美味しいよ! 俺これ大好き!」
「口の中でパチパチ弾けるキャンディですよ。仕事の帰りに寄った土産物屋で見つけたんです」

 変なものなんて入っていないと証明するために、袋ごと賢者様に差し出した。袋のラベルには、北の国ではそこそこ有名な土産物屋の名前が書いてあるし、成分表のラベルだって貼ってある。
 賢者様は少し悩んだ後「一ついただきます」とそれを口に入れた。
「俺ももう一個食べる!」とムルは賢者様の隣へ行ってしまった。食べるのが速いな。

、北の国で仕事だったんですか? 今日は何を?」

 いつの間にか煙管をしまってカップを持ったシャイロックに問われる。シャイロックはわたしの仕事に興味があるようで、よくこうして何を作ったのか訊いてくる。

「そうだけど。どうしてシャイロックに教えなくてはいけないの?」

 わたしはシャイロックが嫌いなのだ。そう易々と自分のことを話したくもない。
 シャイロックの片眉が一瞬上がる。シャイロックは「ムル」と、ムルに微笑んだ。

、今日は何を作ったの? 指輪? ネックレス?」

 賢者様と一緒にキャンディの成分表を見ていたムルが、こてんと首を傾げた。可愛い。ムルに訊かれたら答えるしかない。可愛いムルの言葉を無視したくない。

「今日は結婚指輪を作ったの。ダイヤモンドの指輪」
「俺もに指輪貰ったことある!」
「……憶えているの?」

 急速に口の中が乾いていく感じがして、紅茶に口をつけた。少し冷めてしまったけれど、濃厚なミルクの味が口の中に広がっていく。
 わたしは今のムルがどこまで記憶を持っているのか知らないし、知る術もない。
 シャイロックがムルを見ている。ムルが、次に何を口にするのか、待っている。わたしは針に糸を通すような緊張感を覚えた。

「うーん……わかんない! 忘れちゃったかも!」

「あはは」とムルが笑う。わたしはカップをテーブルに戻して、ゆっくりと数回瞬きをした。

「あの、はどんな仕事をしているんですか?」

 ピリピリした空気を引き裂くような声で賢者様が言った。わたしは賢者様に笑顔を向けて、自分が彫金師であることや今日は魔法使いと人間が結婚するからそのための指輪を作ったこと、今は細々と仕事を続けていることを話した。
 賢者様は「素敵ですね」と目を輝かせた。

「賢者様も欲しい宝飾品があったらに頼んでみては? 腕は確かですから」

 そう言ったシャイロックに、賢者様が「そうですね。機会があればぜひ」と笑った。褒められるのは素直に嬉しいから、シャイロックの皮肉には何も言い返さなかった。

 ***

「まだムルの魂の欠片を探しているんですか?」

 もうすぐ月が昇る時刻だ。ムルは〈大いなる厄災〉を見るのだと空へ行ってしまい、わたしも帰ろうと玄関を出たところだった。シャイロックにそんなことを訊ねられる。わたしはそれに「探してるよ」とだけ返した。

「もうお止めになったらどうです」

 シャイロックの言葉に、わたしは自分の服をぎゅっと握った。「あなたになんて言われようと、止めない。絶対に」と、わたしはシャイロックを睨み付けた。
 以前、各国に一定期間滞在していたのはそのためでもあった。けれど結果は芳しくなく、似たような宝石は見つけても、ムルの魂の欠片を見つけたことは一度もない。
 シャイロックはわたしに会う度に、今みたいにもう止めろと言うのだ。

「ムルの魂の欠片を見つけて、どうするおつもりですか」

 世界中に散らばったムルの魂の欠片は、シャイロックの手によっていくつかはムル自身に戻された。けれどまだ全部見つかっていない。シャイロックも最初は必死に探していたようだけれど、今ではなすがままにしているらしい。でもわたしは絶対に諦めない。必ず見つけてみせる。だってわたしには欲しいものがある。

「永遠を手に入れるの」