三、真実を知る日

 泡の街の、蚤の市で何か目星い物はないか探しているときだった。ざわざわと賑わう中で確かに「」とわたしを呼ぶ声が聞こえた。空耳だろうかと思い辺りを見回せば、少し離れた所に賢者様が見えた。わたしはそれまで見ていた店から離れ、賢者様のそばに寄った。

「こんにちは、晶さん」
「こんにちは。お買い物ですか?」
「はい。たまに上質な宝石があったりするので、時々買い付けに来るんです」
「そういえば、は彫金師でしたね。何か良い物はありましたか?」
「いえ、今日は特に。晶さんもお買い物ですか? お一人で?」

 賢者様のそばには魔法使いの一人もいないなと思いそう訊けば、賢者様は「いえ。シャイロックが一緒ですけど、今そこのお店で買い物をしていて、待っているんです」とすぐ横の店を指した。治安が良いとは言えない街で、賢者様を一人にするわけがないか。
 シャイロックの名前を聞いて、わたしがあからさまに嫌な顔をしたからか、賢者様は少し聞き辛そうに「あの……はシャイロックが嫌いなんですか……?」と首を傾げた。

「嫌いです。大嫌い」
「そんなハッキリ……。どうして嫌いなんですか? シャイロックはを嫌っているようには見えませんでしたけど……」
「それは……」

 わたしが続きを言うより先に「ええ。私はが好きですよ」と、買い物を終えたらしいシャイロックの声がわたしの後ろから聞こえた。相変わらず不愉快な花の香りを纏ったシャイロックが、わたしを見下ろして笑う。

が私を嫌いなのは、私が今のムルを育てたからですよ」

「ねえ」とわたしに同意を求めるシャイロックを無視して、賢者様の手を取った。「せっかくですからお茶しましょう」と近くの喫茶店へ向かう。
 賢者様は戸惑っていたけれど、シャイロックが止めないのを良しとしたのか、そのままわたしの隣を歩いた。シャイロックが付いて来るのが気に食わないけれど、賢者の魔法使いとして賢者様を一人には出来ないのだろう。仕方がないから同行を許可した。

は今のムルが嫌いなんですか?」
「いいえ、好きですよ。可愛いですし。でも、わたし前のムルがとても好きだったんです」
「ムルはあなたに興味ありませんでしたけどね」
「知ってるわよ。わたしはそういうところが好きなの」
「シャイロックとは、友達……なんですよね?」
「ええ」
「違います」

 わたしとシャイロックの正反対な声が人の少ない店内で重なった。
 賢者様はわたしたちの関係が気になるのか、時々聞き辛そうにしながらも色々と聞いてくる。知られて困るようなことはないし、賢者様との会話で魔法舎でのムルの様子がわかるから、お喋りは悪くなかった。

「晶さんは前のムルを知っていますか?」
「はい。何度か会いました」
「会った?」
「はい。魂の欠片に実体が生じて」
「魂の欠片に? 実体が?」
「え、はい。それがムルの〈大いなる厄災〉の奇妙な傷なんです」
「……へえ」

 今回の〈大いなる厄災〉がいつもと違い、魔法使いたちに奇妙な傷を残した、という噂は耳にしていたけれど、ムルの魂の欠片に実体が生じるというのは初耳だった。
 じろりとシャイロックを睨めば、何食わぬ顔で紅茶を啜っている。わざとわたしに教えなかったな、この男。

「魂の欠片はどこで?」
「月蝕の館です。あとシャイロックの、」
「賢者様、そろそろ魔法舎に戻られたほうがよろしいかと」

 賢者様の声を遮ったシャイロックが普段より少し強い口調で言う。賢者様は些か驚きながら時計を確認すると「あ、そうですね」とシャイロックと共に席を立った。

「すみません、。今日はこれで……」
「はい。晶さんとお話出来て楽しかったです。また今度魔法舎に遊びに行っても良いですか?」
「はい、ぜひ。あ、お金」
「ありがとうございます。わたしはもう少しお茶していくので、ここのお代は結構ですよ」

「無理矢理連れて来たのはわたしですし」と言えば、賢者様は申し訳なさそうに「すみません、お言葉に甘えます。それじゃあ、また」と頭を下げた。
 シャイロックは賢者様に先に外に行くように伝えると、蚤の市で会ったときのようにわたしを見下ろした。
 シャイロックの手がわたしの髪に触れて、するりと耳にかけられる。シャイロックの指が、わたしの耳に着けられたプレナイトのイヤリングに触れる。それはわたしの魔道具だった。
 わたしはシャイロックの手を振り払った。すぐ近くで不愉快な花の香りがする。

「やめて」
「……にも情操教育を施しましょうか」

「あなたのことも飼って差し上げたっていいんですよ」と続けられた言葉に、わたしは自分の顔がカッと熱くなるのを感じる。本当に、どこまでも不愉快な男。

「冗談でしょ。あなた、わたしのことなんて好きじゃないくせに」

 わたしを見下ろしたままのシャイロックは「面倒な人は好みですよ」と微笑むと、店を出て行った。
 わたしは二杯目に頼んだアイスティーを一気に口にする。ガラン、とテーブルにグラスを叩きつける下品な音が響いた。
 わたしはシャイロックが大嫌い。不愉快で、憎らしい。一番気に食わないのは、ムルの魂の欠片を探し出したことだ。わたしは一つも見つけられないのに。
 今のムルを見る限り、欠片を全て口にしていない。まだ、ムルが食べていない欠片が必ずどこかにあるのだ。でも、どこに。
 ──あとシャイロックの
 先程の賢者様の言葉を思い出す。シャイロックの、と何か言いかけていた。けれどシャイロックはその声に言葉を重ねた。そう、まるで続きを聞かれたくないかのように。
 シャイロックは以前、自分が見つけた欠片は全てムルに食べさせたと言っていた。わたしはそれを信じたけれど、あの男がわたしに真実を馬鹿正直に教えるだろうか。どこまでが真実なのだろう。
 賢者様の話していた月蝕の館でのことを考えると、ムルの魂の欠片が未だ世界中のどこかにあるのは本当だ。けれど、シャイロックが見つけた欠片を全てムルに食べさせた、というのは嘘だ。きっと賢者様はシャイロックが所持している魂の欠片を見たのだ。
 わたしが喉から手が出るほど欲しているものを、あの男は全部持っている。

「本当にどこまでも不愉快で、憎らしいシャイロック……」