四、はじまりのプレナイト

 わたしが十二歳の誕生日を迎えた日、母は宝石商であるハート家の主人を家に招いていた。父も母も彫金師だったから、宝石商との付き合いは少なからずあったし、家に来るのも初めてではなかった。ハート家の主人の隣に立つ子が、いつもとは違う子だった。
 その子がじっとわたしを見つめている。子供にしては随分と落ち着いている、そんな印象だった。
 母と挨拶を交わした主人が「今日は下の子を連れて来ておりまして」とその子の背を軽く押した。

「初めまして。奥様、お嬢様。ムル・ハートと申します」
「まあ、しっかりした賢そうなお子さんね。と同じくらいの歳じゃないかしら。ほら、もご挨拶して」

 母に促されて、わたしも同じように挨拶を返した。それから少し世間話をした後、母が「今日はこの子の誕生日でして、記念に何かあればと」と切り出した。ハート家の主人はわたしに「おめでとうございます」と笑うと、鞄を開けて、宝石をいくつかテーブルに並べていく。

「いかがでしょう。何か気になるものはございますか?」
「そうねえ……。、どう?」

 並べられた宝石を見て、これと指差そうとしたときだった。「きみにはこれが似合う」とムルが月光樹の実のような淡い緑色のプレナイトを指した。
 それは正にわたしが指差そうとしていたもので、どうしてわかったのだと驚いてムルを見たけれど、ムルは飽きてしまったのか窓の外に目を向けていた。

「ママ、わたしこれがいいな」
「艶があって綺麗ね。ええ、ママもに似合うと思うわ。これいただけますか?」
「ありがとうございます」

 母が「、ママは少しお話があるから、二人で遊んでらっしゃい」と微笑んだ。わたしはそれに頷いて、ムルの手を引いて庭に出た。ムルは嫌がるかもと思ったけれど、素直にわたしについてきた。

「どうしてあのプレナイトを選んだの?」

 わたしたちは並んで庭のベンチに腰掛けた。ムルがわたしを見る。「きみもいずれ彫金師になるんだろう」と言われ、頷いた。
 わたしは両親を尊敬しているし、同じ彫金師になりたいと考えている。だから両親から手ほどきを受けて、日々修行に励んでいた。

「魔法を使わないのはなぜ?」
「……どうして魔法を使っていないことがわかるの」

 ムルの言う通り、わたしは彫金に魔法を一切使っていない。両親はわたしが魔女であることを受け入れているし、効率的なら魔法を使っても良いとまで言ってくれる。けれどわたしは両親から受け継いだ技術を、自分の手でずっと憶えていたくて魔法を使わないことにしている。
 今日初めて会ったムルに、わたしは自分の作ったものを見せていないし、両親のように販売もしていない。わたしの作ったものを、ムルは見たことがないはずだ。

「簡単なことだよ。手を見ればわかる」

 そう言われ、わたしは「手?」と自分の手を空に翳した。

「指が内出血を起こしているね。指輪の形を作ろうとして、金槌か何かを誤って打ち付けた? それに火傷の跡もある。ロウ付けで失敗した? きみはその怪我を痛がったり、庇ったりする様子がない。手の怪我は日常茶飯事だから? 慣れているなら庇う必要もないね。それに魔法で彫金するならそんな怪我とは無縁のはずだ」

 わたしは何も言えずにいた。全部ムルの言う通りだったからだ。母が言っていた通り、この子は賢い。
 わたしは驚いてムルを見つめるばかりだった。
「彫金師は忍耐力が必要だ」とムルはわたしから顔を逸らして、空を見上げた。

「プレナイトはきみにぴったりの宝石だよ」
 
 そう言ってまたわたしを見て笑った顔を、わたしはずっと憶えている。