九、ダイヤモンドが砕け散る

「わたし、あなたのこと嫌いだけど、本当はあなたもわたしのこと嫌いでしょ」

 駆け回るムルを眺めながら、隣のシャイロックにそんな言葉を投げた。シャイロックは「いえ、私はが好きですよ」と言うと、煙管を取り出して火をつけた。不愉快な花の香り。わたしはこの香りが大嫌いだった。だってムルからも同じ香りがするから。

「嘘ばっかり。あなたの心の中にはムルしかいないもの、ずっと」
「ふふ、可愛らしい人」
「言っておくけれど、嫉妬じゃないわよ。愛してくれる誰かがいるのは羨ましいけれど」
「私はムルを憎らしくも思っていますよ」
「あなた、本当に嘘ばっかりだわ。愛着のほうがずっと強いくせに」
「……本当に可愛くないお口。もう少し可愛げがあれば、あなたのことだって愛して差し上げるのに」
「冗談でしょう。それに、わたし、どんなにあなたが愛を囁いたって無理」
「どうして?」
「顔が好みじゃない」
「……初めて言われました。ムルの顔がお好きですか?」
「顔も含めて全部好きよ」

 駆け回るのに飽きたのか、ムルが「シャイロック、、見て! 拾った!」とキラキラ輝く石を見せてきた。シャイロックが「綺麗ですね」と返すと、ムルは「もっと見つけてくる!」と言ってまた駆け出した。

「愛してるの」

「あなたと同じね」と言ったら、シャイロックは何も言わずに微笑んだ。
 わたしはムルを愛していた。ムルがわたしを愛してくれることなんて、絶対にないと知っていながら。
 三人でいるのは楽しかった。シャイロックの店で夜が明けるまで飲んだのも、天文台で夜通し議論したこともあった。思い出は数え切れないくらいあるのに、ムルはそのほとんどを忘れてしまった。二度と戻れないときを生きるのは、魔法使いも人間も変わらない。

は俺を石にしたいの?」

 ムルが両手に石をいっぱいにしながら戻って来た。
 多分、ムルはわたしがムルにキスをしたときから気付いていたのだろう。ムルは賢い子だから。
 シャイロックは煙管を飲みながら「ムル、ちゃんと乾かして。風邪をひきますよ」とムルに声を掛ける。ムルがそれに返事をして呪文を唱えると、あっという間にムルの全身が乾いた。
 わたしはムルから目を逸らして、もう一度ムルを見て、ゆっくりと数回瞬きをした。

「なんで? も石になっちゃうから?」
「……フィガロ先生に聞いたの?」
「ええ。フィガロ様が仰っていたんですよ。一人は寂しいだろうから、そのときはそばにいてやれと」

 いつがそのときかなんて、わたしにもフィガロ先生にもわからないのに。優しいフィガロ先生にも、そばにいてくれる誰かが居ますようにと、そっと願った。

「そう。わたし、もうすぐ石になるの。でも一人は寂しいから、ムルを連れて行こうと思った」

 月に連れて行かれるくらいなら、わたしが連れて行ってしまいたかった。

「でもムルがそう簡単に石になるとは思えないし、それに、わたし前のムルのほうが好きだから、連れて行くなら元に戻してからにしようと思っていたのだけど、欠片は見つからないし、シャイロックには騙されるし、なんかもう疲れちゃった」

 わたしがそう言ってその場に座り込むと、ムルは笑いながらキラキラ輝く石を投げた。「あはは! 、キラキラしてる!」、ムルが円を描くように人差し指を動かせば、石はわたしを包むように舞った。綺麗だな。

がくれたあの指輪もキラキラしてて好きだったよ」
「壊したくせに」
「そうだっけ? そうかも! 怒った? にゃーんってする?」

 そう言って身体を寄せてきたムルの頭を撫でて、わたしはその場に倒れ込んだ。

、来世も彫金師になってください。私、あなたに一度も作って貰ったことがないので」

「ムルばかり、妬けてしまいます」と煙を吐き出したシャイロックに、わたしは「そんなのわかんないよ」と返した。でも、そうだな。わたしに来世があるのなら彫金師が良いなあ。
 いつがそのときかなんて、わたしにもわからなかったけれど、いつかは多分、今だ。もう少しだけ二人と一緒に居たかったけれど、でも、良い人生だったな。あ、そういえば仕事を残したままだ。結婚指輪の依頼、何件か受けようと思っていたのに。依頼書の束を思い出しながら、わたしはそっと目を閉じた。
 
「わぁ、ダイヤモンドみたいに綺麗!」
「持って帰ります?」
「うーん……。ううん。粉々に砕いて、海に撒こう!」