手紙が届いた。差出人の名前はない。封を破って中を覗けば、一枚の写真が入っていた。人魚姿のフロイドがプールで楽しそうにはしゃいでいる写真だった。プールサイドに脱ぎ散らかった式典服を見て、そういえば今日は卒業式だなと気付く。恐らく写真を撮った日は予行練習か何かだったのだろう。写真を裏返せば、一週間前の日付が印字された横に「卒業式の練習で疲れて水浴びするフロイド」と書かれていた。ジェイドの字だ。恐らく撮影もジェイドだろう。気分屋なフロイドが無事に卒業出来るのか不安だったけれど、杞憂だったみたいだ。卒業おめでとう、写真を封筒に戻しながら呟いた。
陸にいるのは学園に通う間だけ。フロイドがそう話してくれたのは、ちょうど一年前だった。「じゃあ卒業したらお別れだね」と寂しい気持ちを悟られたくなくて笑って言った私に、フロイドは眉を下げて「そーだねぇ」と言った。フロイドのあんな顔を見たのは初めてだった。私たちは恋人でも、身体の関係があるわけでもない。でも友人や知人という枠に収めるには親しくなり過ぎてしまった。今日はフロイドの卒業式だ。お別れが寂しい、でも私はフロイドより一年早く学校を卒業して既に職に就いているし、フロイドを追って海の中へ行くことも出来ない。それに何よりフロイドは誰かや何かに縛られるのを嫌う。私はフロイドを引き止める理由も権利も持っていない。
卒業式が終わったらそのまま海へ帰るのだろう。最後にメッセージくらいは送ろうと、スマホを手にしたところでインターホンが鳴った。誰だろう、とドアスコープを覗けばそこには式典服を着たフロイドが立っていた。私が慌ててドアを開けながら「なんで、どうしたの!?」と訊けば、フロイドは「どうしたの、って手紙届いてねぇの?」と私を見下ろした。
「手紙?……あ、写真?」
「そーそー。え、写真だけじゃなかったでしょ?」
首を傾げるフロイドに、私も首を傾げた。「は?マジ?よく見た?」と少し苛立った声を出すフロイドを、とりあえず部屋に上げてから先程閉じた手紙を開ける。中を見ればそこにはやっぱり写真しか無かった。頭にハテナを浮かべながらフロイドにそれを差し出す。私と同じように中を確認したフロイドは「あれー?」と封筒を振った。おかしいなぁ、と呟くフロイドを見ていれば、今度は私のスマホが鳴る。着信画面に表示された名前はジェイドで、電話なんて珍しいなと思いながら応答ボタンを押した。
「もしもし、ジェイド?どうしたの?」
「こんにちは、
さん。手紙とフロイドは届きましたか?」
「え、あ、うん。届いてるよ」
「ジェイド?なんでジェイド?」と封筒をテーブルに置いたフロイドが言う。「フロイドに代わってもらえますか?」と何だか楽しそうなジェイドに、私は素直にスマホをフロイドに手渡した。フロイドは「何、ジェイド。うん、……はぁ!?……うん、あー……、うん」と歯切れが悪そうに話していた。ジェイドの声までは聞こえなかった。話し終えたフロイドの手からスマホが返ってくる。「何話してたの?」とジェイドに訊けば、ジェイドは「かわいい兄弟を応援してあげただけですよ」とまた楽しそうに笑った。それからジェイドは「僕の兄弟をよろしくお願いしますね」と言うと電話は切れてしまった。
「なんで
ちゃんがジェイドの番号知ってんの……」
少し疲れた顔をしたフロイドが言う。私は前にモストロ・ラウンジに食事に行ったときに交換したのだと教えた。
「へぇー。いや今はそんなのどうでもいい」
聞いてきたのはそっちなのに、という言葉は飲み込んで「ジェイドと何話してたの?」と訊いた。フロイドは「あー」とか「いや」とか言いながら目を泳がせている。その場にしゃがみ込んだフロイドは「笑わないでね」と私を見上げた。
「……オレ、
ちゃんにお手紙書いたんだぁ」
写真の他に何かなかったか、と言っていたのはそれかと合点がいく。「うん」と相槌を打った私から、フロイドが目を逸らしながら「ラブレターだよ」と言う。え、「え」。
「折角書いたのにさぁ、ジェイドがこういうのはやっぱり直接伝えるべきだって、こっそり手紙だけ抜き取ったんだって」
「手癖悪いよねぇ」と話すフロイドの顔は赤くなっている。逸らした目を私に戻したフロイドは「でも、うん、そうだよね」と一人で納得した。私は未だに何が何だかわからずに、でも顔が熱くなっていくのはわかって、ただフロイドを見つめることしかできなかった。
「オレ、
ちゃんが好きだよ」
「
ちゃんは?」と私の両手をそっと取ったフロイドが、優しく笑う。
「でも、フロイドは海に帰っちゃうんでしょ……?」
「そのつもりだったんだけど、
ちゃんが居るなら陸にいるのも悪くねぇかなって」
「……後からやっぱり海に帰るって言っても、私は一緒に行けないよ」
「いいよぉ。言わねぇし、オレ、
ちゃんと一緒なら海でも陸でもどこでもいいよ」
「私、フロイドのこと好きでいていいの……?」
フロイドは私の両手をきゅっと握ると、頷いた。黙って頷いたその瞳があんまり優しくて泣いてしまった。
やさしい温度