「今日はダメ」「今イベ中だから」「今日は疲れてるから」「気分じゃない」「今日は無理」
これらは全部、ここ最近至くんにそういうお誘いをしたときの、至くんの返事だ。以前もイベント期間中だからと断られたことはあったけれど、こんなに続けて断られたことはなかった。一ヶ月くらいしていない。不能にでもなったのかと疑ったけど、「じゃあもう至くんとはずっとしない」と拗ねたら「それは困る」と返ってきたので、そういうわけでもないらしい。
別にセックスだけが全てじゃないし、そういうことをしなくたって至くんに愛されているというのはわかっている。ゲーム中は時々怖いけど、基本的には優しいし、大切にされていると思う。でもそれだけでは満足出来ないときがある。至くんは王子様みたいに顔が良いし、職場でも狙ってる女性は少なくない、と風の噂で聞いた。きっと至くんの職場にはステキな女性がたくさんいるのだろうし、誰かに取られてしまったらどうしよう。そういう不満とか不安とか、自分の中にドロドロした感情があることを、至くんと付き合うようになってから知ってしまった。そしてそれをどうにかしてくれる至くんには、お誘いを悉く断られている。不満も不安も性欲も、抑えきれなくなっていた。
「……買っちゃった」
箱に貼付された送り状の品名欄。そこには「美容器具」の文字。いや、まあ、間違いではないけど……。なんて考えながら封を開ける。中には大人の玩具、小型のローターが入っていた。
今日は金曜日。至くんからは一昨日「ごめん。最近忙しくて。今週は行けないかも」と連絡があった。また抱いて貰えないのか、とショックを受けたものの、仕事なのだから仕方ない。でも溜まるものは溜まるし、自分で処理するしかない、と通販サイトで買ったのだ。自慰なんてしたことないからわからないな、と検索したネットの記事には、こういうものを使うと良いと書かれていた。
取扱説明書を読んで、電池を入れる。試しにスイッチを入れて見たら小さく振動した。玩具を使うのなんて初めてで、若干の不安が過ぎるが、いつか見たネットの記事を思い出しながら服に手を掛けていく。
自慰をするときは想像力が大事だと書いてあった。普段の彼としているエッチを思い出してみて、とも書かれていた。私は至くんがいつもしてくれるみたいに、ゆっくり服を脱いでいく。至くんは普段は人に世話をされたいとか何とか言っているけど、そういうことをするときはいつも全部やってくれる。至くんの手が私の服にかかると、今からこの人に抱かれるのだと、ドキドキしてくる。服を脱いだら下着に手をかける。至くんはいつも、私の下着を見て「それ可愛い」とか「俺の好み」とか感想をくれる。時々次はこういうの着て欲しいとリクエストされるときもある。今身に付けてるのは至くんからプレゼントで貰ったもの。それからブラジャーを上にずらす。至くんはいつも全部脱がせない。「多少着てる方がエロい」らしい。それで、それから、乳輪をなぞるように触る。私はそれがいつも擽ったくて、少し笑ってしまう。
「っ、……ふふ、……」
自分で触ってみても擽ったくて、笑ってしまった。思い出せば思い出すほど、至くんに触れて欲しくてたまらない。どうして抱いてくれないのだろう、私に不満があるのだろうか、私に飽きたのだろうか。もう、私のこと好きじゃないのかな。
「ぅっ、……、うぅ……」
ひっく、ひっく、と涙が溢れてくる。自分じゃ出来ない、と身体を起こしながら下着を戻す。「うう……、いたるくん……」、虚しくて寂しくて、今すぐ触れて欲しい。そんなの無理だとわかっている私は、膝を抱えて泣きじゃくるしかなかった。下着姿の女が玩具片手に泣きじゃくる姿は、なんとも滑稽だなと他人事のように考える。玩具、折角買ったけれど使う機会はもう無いだろう、と涙で滲む視界で箱を探す。箱にそれを戻したところで「なんだ、使わないの。ソレ」と扉の方から声がした。
「……いたるくん?」
「うん。至くん」
いつも仕事帰りに家に来る、スーツを着た至くんがいる。幻覚だろうか。スーツの上着を脱ぎながらこちらに寄ってきた至くんは、ベッドに腰掛けると「一人でシテたの?てかなんで泣いてんの?」とそっと私の目尻に触れた。その体温が、これは幻覚ではないことを教えてくれる。幻覚、じゃない。つまり、本物。
「至くん?!」
「そうだってば」
「なんで?!今日は来ないんじゃないの?!」
「行けないかも、とは言ったけど行かないとは言ってないでしょ」
「…………見た?」
「いや全部は見てない」と上着をベッドの端に放りながら答える至くんに、じゃあいつから見てたのか問い詰めたくなった。けれど至くんの唇が押し付けられて、言葉が出なくなる。啄むようにキスをした後、私が少し口を開けると、待ってましたと言わんばかりに舌を入れてくる。深いキスに気持ち良くなって、頭がぼうっとする。もっと触れて欲しい、もっと愛して欲しい。
「ぁ、……んんっ……あ、っ……」
「ん。で、なんで泣いてたの?」
唇を離した至くんの問いかけに、私は先程の羞恥が甦って近くに放られていた至くんの上着で顔を隠した。いつもの至くんの匂いがする。それに少し安心して、上着を盾に至くんを見る。「え、っと……」と言葉に詰まる私に、至くんは優しい顔で「ん?」と私の言葉の続きを待った。
「……至くんが、最近シテくれないから……」
「それで?」
「……自分でしようと思って、でもうまくいかなくて、至くん私に飽きちゃったのかなとかもう好きじゃないのかなとか、考えて……」
「それで、不安になって泣いてたわけ?」
「うん……」
至くんは長い溜息を吐くと「俺の彼女が可愛すぎる」と天を仰いでいた。それから私が握りしめている上着を剥がそうとするから、私は自分の格好を思い出して「やだ!」と声を上げる。玩具まで買って、一人でしようとして、はしたない女だと思われたかもしれない。幻滅されたかもしれない。だってそもそも至くんは面倒くさい女なんて嫌いなはずだ。
「うっ、うう……」
「えっなんで泣く?!」
「だ、って、至くん、こんな、うっ、はした、な、女、きらい、うう、でしょ」
泣きながら何とかそう言えば、察した至くんは「ああ」と納得したように言う。それから「本物がいるんだからこっちを抱きしめて欲しいんだけど」と笑いながら、今度こそ私から上着を剥がした。私はスーツの代わりに自分の手を盾にしようとしたけれど、その手も取られてしまう。見られたくない、恥ずかしい、でも至くんの体温を感じるのはとても幸せだった。
「別に、はしたない子なんて思ってないよ」
「嘘」
「即答ワロ。いやマジで可愛いなって思ったよ」
「ていうかそれが見たくて
からのお誘い断り続けてたんだよね」、と続けられた言葉に「は?!」と思わず大きな声が出た。「上手くできなくて俺の
呼ぶところは、最高に可愛かったよ」とにこにこしながら至くんが言う。「なんで、だっ、て、全部見てないって」。あれは、嘘だったのか。
「
が服脱ぎ始めたあたりからだよ」
「ほぼ全部だよぉ……ん、」
また恥ずかしくなって、至くんに繋がれた手を解こうとしたら、それを制するようにキスされた。そっと私を押し倒した至くんは、一度手を離してスラックスを脱ぐと、また繋いだ。指を絡めるように、強く握り込まれる。初めて至くんとしたとき「こわいから手を繋いで」と言ってから、至くんはするときはいつも手を繋いでくれるようになった。
「折角だからあれ使う?」
あれ、と至くんが先程箱に戻した玩具を指す。無機質な玩具じゃなくて、至くんに抱いて欲しいのに。「やだ、至くんがいい……」、素直にそう言えば至くんは「
、俺のこと大好きだもんね」とまたキスされた。至くんの手が、下着にかかる。「これ、俺があげたやつでしょ。やっぱ似合ってるね、可愛い」と胸にもキスされた。「ん……」、それが擽ったくて、身を捩る。
「こっち、触るよ」
下着の上から秘部をなぞられて、それだけで背筋に電流が走ったかのような衝撃を受ける。頷いた私に、至くんが下着を脱がす。キスをされて濡れたそこに、少しずつ、至くんの指が入ってくる。
「あっ、……っ……」
「なんか今日濡れるの早いね。我慢してたから?」
「わか、な、っ、……ひぅ、ああっ……」
「
が我慢してた分俺も我慢してたんだよね」
「だからもう入れていい?」と濡れそぼったそこに、至くんの性器が押しつけられる。私の身体は、至くんが与えてくれる快感をよく知っている。然程慣らされていないけれど、至くんの言うとおり我慢してたからなのか、キスされて余程嬉しかったのか、入れても問題ないくらいに、出来上がっていた。いいよ、と頷けば「痛かったら言って」と至くんがゆっくり自身を入れてくる。至くんはああ言ったけれど、痛くされたことは一度も無いな、とぼんやり思い出す。
「あっ、んぅ……ふぁ……」
「は、ん……全部入った」
「ひぅ……、あっ、あっ、……っ」
「気持ち良い?」
「き、もち……ひぁっ、あん、……いたるく、ん、……あっ」
至くんも我慢していた、と言っていた。いつもより少し激しい動きに、頭が回らなくなる。気持ち良い、もっとして欲しい、もっと愛して欲しい。
「ん、……っ……、俺、
が気持ち良くてぐずぐずになって、俺の
を舌足らずに呼ぶのが好きなんだよね」
「ん、……んんっ、……っ、ああっ」
最奥の、一番弱いところを突かれて呆気なく達してしまった。「イッた?」と訊く至くんに、コクコクと頷けば「俺まだだから、もうちょっとがんばってね」とまた腰を打ち付けられた。今、イッたばっかりなのに。けれど私の口からは抗議の声ではなく、嬌声が出るだけだった。ふと繋がれた手が目に入って、至くんに愛されて、幸せだなとまた声を上げた。
ずっとずっと愛してね