※※※本当にマジでなんでも大丈夫な人向け※※※




「……何、それ」

ジェイドは“それ”を玄関に置くと「山で見つけたんです」と笑う。今日は山登りに行くのだとは聞いていた。一緒にどうですか、と一昨日誘われたけれど断ったのだ。山登りは私の趣味じゃない。けれど、断らなければ良かったと後悔した。断らず一緒に行っていれば、ジェイドが“それ”を持って帰ってくることなんて無かったのに。

「……なんで拾って来たの」
「苗床にしようかと思いまして」
「……馬鹿じゃないの……。それ、拾ってくる人いないよ……」
「おや、棄てられていたので良いのかと」

「だってもう誰も使わないでしょう?」と心底不思議そうな顔のジェイドに、溜息を吐いた。後でアズールに「もっとちゃんと陸のことを教えろ」とクレームを入れておかないと。
外泊許可を取っているらしいジェイドは「今日泊めてくださいますか?」と首を傾げる。山登りを終えたらうちに来ることは聞いていたし、それは別に構わないけれど、その前に“それ”をどうするかが先だ。

「それ……あった場所に返して来なさい……」

寒い時期じゃないから腐敗が進むのが早いのか異臭が漂う。ジェイドは「折角見つけたのに」と眉を下げていたが、返して来るまでうちには泊めないと言えば、渋々了承して“それ”を担ぎ上げた。ジェイドの居ない間にアズールに連絡しようと思ったけれど、ジェイドについていくことにした。途中で適当な所に放り出されたら困る。
海と陸では生活様式が全く違うし、人魚と人間は価値観が全く違う。海での常識が陸では非常識なことがあるし、その逆も然りだ。人魚が陸に上がるには適性試験をクリアする必要がある。陸に上がれて、かつあのナイトレイブンカレッジに通えているということは、適性試験はクリアしているはずだ。とは言えジェイドはまだ陸生活二年目。知らないことがあってもおかしくはない。今までだってジェイドの非常識な行いを見たことはある。その度に説明して、理解させてきた。今まではほんの些細なことだったから良かったけれど、今回は説明するのに骨が折れそうだ。

「着きました。この辺です」

帰ったらどう教えようか悩んでいるうちに、“それ”を見つけたらしい場所に着いた。ジェイドは「確かこの辺りの木にロープが……」と辺りを見回している。私も同じように辺りを見回せば、地面に落ちたロープを見つけた。「あれ?」と指差した方に顔を向けたジェイドが「あぁ、そうです。あれです」とそちらに駆け寄った。中途半端な長さのロープが木から垂れている。切ったのか。

「元通りにした方がいいんでしょうか?」
「……ロープ、切っちゃったんでしょ。また苦しめることはないよ」

木のそばに“それ”を置いたジェイドは、未だに納得していない顔をしていた。折角見つけた面白そうな玩具を取り上げられた子供みたいな、そんな顔をしている。私は溜息を吐くと、「帰るよ」とジェイドの手を引っ張った。
帰り道で、ジェイドに「なぜ人間は態々苦しいことをするんです?」と訊かれた。“あれ”はジェイドからしたら、きっと自ら鮫に身を差し出すのと同じなのだろう。「陸には楽しいことがたくさんあるのに」と呟いたジェイドに、それはジェイドが人魚だからだよとは言えなかった。海での常識が陸では非常識なことがあるし、その逆も然りだ。私にはまだまだ知らない海のことがあるし、ジェイドにもまだわからない陸のことがある。人魚と人間が分かり合えるか、と聞かれたら、私は多分、分かり合えないと答えるだろう。でも、それでもお互い知る必要がある。分かり合えなくても、わからせる必要がある。それが陸で生きていくということだ。

「ほんの少しの苦しみで、世界から逃げられるから」

そう答えれば、ジェイドは「人間のことはわかりませんねぇ」と私の手を握った。
腐敗脳