ジェイド先輩の使い魔と友達になったけどいつか消されるかもしれない
「ぎゃああああああ!!!」
この世界で、魔力を持たない人間のユウは、魔物にとって格好の餌だった。学生時代は基本的に防衛魔法の張られた学園内に居たし、何かあってもグリムやエースやデュースが助けてくれた。しかし今は一人だ。とにかく逃げるしかない、とユウは走り続ける。走る、後ろを見る、居る、走る。もっと早く帰るべきだった、とユウは泣いた。「夜は魔物の巣窟ですからね、あなたもう学生じゃないし、私の庇護下じゃなくなるんですから、本当に気をつけてくださいよ」とこれも卒業式での学園長の言葉。それが走馬灯のようにユウの頭に流れる。自分はここで死ぬのか、と思ったときだった。
「おやおや、お困りのようですね」
曲がり角から姿を見せたのは、かつてのユウの先輩、ジェイド・リーチだった。片耳のピアスが、きらりと揺らめいている。「ジェイド先輩?!」と驚きの声を上げるユウを他所に、ジェイドは魔物を見上げた。
「これは、随分大きいですね」
「先輩っ!助けてください!今、あれに、追われててっ」
息も絶え絶えにそう言ったユウを見下ろしながら、ジェイドは笑った。「いいですよ。それで、対価には何をいただけますか?」、その言葉に、ジェイド先輩はそういう人だったな、とユウは学生時代を思い出した。自分が払える対価を考えたユウだったが、何も思いつかなかった。魔力は無いし、これといって役立つスキルも無い。けれど今頼れるのはジェイドしかいない。ユウはジェイドがいかに優秀かを知っている。「なんでもひとつだけ先輩の言うこと聞きます!」、ユウは口走っていた。ジェイドは「なんでも?」と口角をあげる。ユウは背に腹は変えられないと「なんでも、一つだけ!」と一つだけ、を強調しながら言った。
「いいでしょう。契約成立です」
その瞬間、魔物は二人の姿を見失ったかのように、周りをキョロキョロ見始めた。ジェイドは不思議そうなユウの手を引いて、近くの角に隠れる。
「僕たちの姿を隠す魔法です。しかし、あれは恐らく鼻が効くので、見つかるのも時間の問題ですね」
「ど、どうすれば……」
「何にでも弱点はありますよ。あれは目を潰せば死にます」
「詳しいですね……」
「以前魔物についてちょっと調べていたので。……おや、もうバレてしまいました」
「困りましたね」とジェイドが魔物を見上げた。本当に困っているのか相変わらずわからないな、とユウも魔物に目を向ければ、魔物もユウ達を見ていた。近づいて来る魔物に、ユウの口から悲鳴が上がる。「ど、どどどうしましょう、先輩っ」と焦るユウとは反対に、ジェイドは「契約しましたしね、助けますよ」とユウに笑顔を向けた。
「とはいえ目があるあそこまで攻撃魔法を飛ばすのは難しいですね。僕も初めて見た魔物なので、一発で仕留められるかわかりませんし。監督生さん、あぁ今はユウさんでしたね。ユウさんもご存知の通り、僕は未だに飛行術は苦手なので飛びながら攻撃するのも難しいですし」
ベラベラとジェイドが喋っている間にも、魔物は二人に近づいてきていた。「先輩っ、先輩!こっち来てる!」、ユウの焦りは加速する。
「なので、他の方に任せましょう」
ユウの口が「え」と形作る。ジェイドが「、おいで」と呟いた。魔物は二人のすぐ傍。大口を開けた魔物が、二人を飲み込もうとする。ユウは、やっぱり自分はここで死ぬのだ、と目を閉じた。
「もー!私寝てたのに!」
しかしいつまで経っても痛みはない、それに何か女の人の声が聞こえた、と恐る恐るユウは目を開けた。そこには魔物の頭上付近に浮いている、尻尾と耳の付いた女が居た。ジェイドのピアスと同じ石が付いた首輪をしている。耳は狐のようだけれど、尻尾は猫みたいだな、とユウはその女を見つめた。「急に呼ばないでっていつも言ってるじゃん!」、苛立ちを含んだ声で言いながら、女は魔物の目を目掛けて爪を立てた。その爪が目に食い込んでいく。グチャッと目玉の潰れる音の後、魔物は雄叫びを上げると、小さな黒い塊に変化した。女はそれをジェイドに投げ付ける。ジェイドは「あまり文句ばかり言っているとまた足を折りますよ」とそれを受け取ると、小箱を取り出してそこに収めた。とりあえず助かったこと以外、何がなんだかわかっていないユウは、一言、ジェイドの発言に「こわ……」と呟いただけだった。
「あれくらいジェイドくんならどうにでもできたでしょ」
「目が大分上の方にあったので」
「ご主人様ってば空を飛ぶの苦手だもんね」
「おや、主人を馬鹿にしてはいけないと散々教えたはずなんですが」
「躾が足りませんでしたかね、」と笑顔のジェイド。と呼ばれた女は「本当のことだもん」とジェイドから目を逸らして、ユウを見た。「女の子だぁ!」と顔を輝かせたに、ユウは驚きながらとりあえず状況を把握したい、とジェイドを見た。
「あぁ、すみません。こちらは。僕の使い魔です」
「です」と微笑まれ、優しそうだなとユウは思った。
「、こちらはユウさん。僕の後輩です」
「えっと、よろしくお願いします、さん」
ユウが差し出した手を、が握り返すことはなかった。触るのが嫌いなのだろうか、と思ったユウは手を引っ込めようとしたが、その手首をに掴まれる。は「ねえ、ジェイドくん」と猫撫で声を出した。
「私、急に呼ばれたけど、ちゃんと来たし、ご主人もユウちゃんも守ったよね」
「そうですね。使い魔なんですから呼ばれたら来るのも主人を守るのも当然ですけど」
「そうだけどぉ……。でもちゃんと働いたし、それに、ユウちゃんならいいでしょ?」
ユウの手首をぎゅう、と握りながらが問う。ジェイドは「そうですねぇ」なんて言っているけれど、ユウには訳が分からなかった。何なんだ、何が良いんだ、ていうかさん力強いな、ユウはそんなことを考えていた。
「ユウさん、なんでも一つお願い聞いてくださるんですよね」
ジェイドのその言葉に、そういえばそんな約束だったとユウは思い出した。一体何を要求されるのか、ユウは助かって安心していたはずが、一気に不安になった。「……自分に出来ることなら」と言うユウに、ジェイドは「そんなに難しいことじゃありませんよ」と学生時代から変わらない笑みを浮かべた。
「の友人になってくれませんか」
ユウは安心した。無理難題じゃなくて良かった、と。「それくらいなら、全然良いですよ」とユウはに笑顔を向けた。はそれに「やったぁ。よろしくね、ユウちゃん」と大層喜んだ。も魔物とはいえ、自分を追ってきた魔物とは随分違うし、人懐っこそうな笑顔に、仲良くなれそうだなとユウは思った。女性の友人が出来て嬉しくなったのも束の間、「ジェイドくんってば私の交友関係に口出すから女の子のお友達みんな居なくなっちゃったんだよね」と続けられた言葉に、ユウは思わずジェイドを見た。の言う「居なくなった」がどういう意味かはユウには計りかねるが、の主人はあのジェイドだ。もしかして……、自分もいつか消される……?そんな気持ちで。
「が僕の言うことを聞かなかったからですよ」
「いい子にしていればもうしませんよ」と笑顔のジェイドに、ユウはがどうかいい子にしてくれますように、と願った。