使い魔は見た!主人の裏の顔

は買い物の帰りだった。ジェイドにパンケーキを作って貰おうと、材料の入った袋を両手に提げていた。ちょっと買いすぎたかな、と思いながらもどうせジェイドも一緒に食べるし少ないより良いか、と足を進めたところだった。どすん、と音を立てて男がぶつかってきた。咄嗟のことに、両手が塞がっていたは尻餅をつく。「も~、なにっ!」と声を上げたの目の先には、血だらけの男が蹲っていた。

「おやおや、まだお話の途中なんですが」
「あは、まだ逃げる元気があるんだぁ~」

男の背後から聞き慣れた声がする。は立ち上がるのも忘れて、そちらを凝視した。時刻は22時を回り、すっかり暗くなっていたけれど、は夜目がきく。コツコツと革靴を鳴らして現れたのは、自分の主人とその兄弟だった。

「うう……ゆるし……がっ」

ジェイドが男を持ち上げて躊躇なく殴る。男は気絶した。それをフロイドは「ジェイド、殺しちゃだめだよ~」と見ていた。は惨い姿の男と血だらけのジェイドとフロイドに目が釘付けになる。視線に気付いたフロイドが「あ?」とを見た。

ちゃんじゃん~。なにしてんの、こんな所で」
「買い物の……帰り……」
「なぁにぃ、そんな顔して。あー、オレらが“お仕事”してるところ見るの、初めて?」

は頷いた。アズールの店は至って普通のレストランだけれど、困っているお客様に援助することもあった。勿論対価は頂戴する。やっていることは学生時代と変わらないどころか、大人になりあらゆる面で融通が利くようになった分、タチが悪かった。の目の前で倒れている男は、契約違反者だ。ジェイドは滅多にを店へ連れて行かないし、裏で何をしているかなんて勿論は知らない。血だらけのジェイドを見るのも、は初めてだった。

「……その人、死んじゃうんじゃ」
「殺しませんよ。ここは海の中じゃありませんから、殺してしまうと色々面倒なんですよ」

ジェイドがと目線を合わせるようにしゃがんだ。フロイドは男の首根っこを掴むと「飽きた。オレ先に戻んね~」と男を引きずって行く。「ちゃんバイバァイ」と言うフロイドに、も「ばいばい……」と返した。
」と微笑んだジェイドの、手袋に包まれた手がへ伸びる。はその手を「やだ!」と言いながら払い除けた。ジェイドが一瞬目を見開く。

「……僕がこわいですか?」

ジェイドはもう一度に手を伸ばそうとして、すぐに引っ込めながら言う。初めて会ったときを除けば、は優しいジェイドしか知らない。躾だ何だと言って、に意地悪をすることはあるけれど、血だらけで、他人を容赦なく嬲るジェイドをは知らない。ジェイドは隠していたわけではない。ただ、そういう自分を見せる機会も必要も無かった、それだけ。知られたからと言って、を手放す気なんてジェイドには全く無い。けれど、に拒絶されて、ジェイドは少しだけ傷付いた。それほどの存在はジェイドにとって大きくなっていたのだ。嫌われただろうか、軽蔑しただろうか、と柄にもなく不安になるジェイドに、は「いやこわいのなんて最初から知ってるよ」と立ち上がった。いつもの調子と変わらないに、ジェイドは唖然とする。

「荷物拾うの手伝って!ジェイドくんたちが追い詰めるから私あの人とぶつかって転んだんだから!」

は散らばった荷物を拾いながら文句を言った。ジェイドは思わず「すみません」と謝罪。

「あーっ!苺が潰れてる……」

パンケーキに添えようと買った苺1パックが、全部潰れていた。は「も~!一番美味しそうなの選んできたのに!」と頬を膨らませる。ジェイドは「仕事が終わったら買って帰りますよ」と荷物を拾った。24時間営業の店がアズールの店の近くにあるのだ。

「一番甘そうなの買って来てね」
「かしこまりました。ところで、どうしてさっき僕の手を払ったんです」

に拒絶されて傷付きました、しくしく」とジェイドは泣いた。勿論嘘泣き。

「だってジェイドくん血だらけなんだもん、私まで汚れちゃうよ」

荷物を全部拾い終えたは「その汚れた格好でおうち入らないでね!」とジェイドを睨んだ。自分の家なんだけど、と思いながらジェイドは「……それだけですか?」とに問う。「それだけ……?」と戸惑うに、ジェイドは続けた。

「僕がこわいとか、軽蔑したとかじゃなくて、汚れるのが嫌だから、手を払ったんですか?」

珍しく笑顔ではなく、真面目な顔でそう訊くジェイドに、は更に戸惑いながら「そうだけど」と返した。それから「ジェイドくんに買って貰ったお洋服汚れたら嫌だもん」。
は魔獣。獣なのだ。弱肉強食の世界だって知っている。好き好んでそういう世界で生きようとは思わないだけで。血の匂いだって慣れているし、ジェイドに対して恐怖を覚えるとか軽蔑するとか、そんな考えも無い。ジェイドがヤバい奴なんて会ったときに身を以って知ったのだから。つまり、ジェイドが不安になるようなことなんて何一つ無いのだ。むしろの方がずっと血で汚れたらどうしよう、という不安を抱えている。

「ふっ、はは、あははっ」

ジェイドは大口を開けて笑った。普段のジェイドからは想像出来ないその姿に、は若干恐怖を覚えた。「ふふ、、あなたって本当にっ、ははっ」、笑いの止まらないジェイドに、は「もう私帰るよ」とジェイドに背を向けようとした。

「あぁ、待ってください。一緒に帰りましょう」
「まだ仕事中でしょ?」
「今日だけ特別に店に連れて行ってあげます」

「だから、終わるまで待っててください」とジェイドは微笑んだ。は滅多に連れて行ってもらえない店に行けることに大層喜び、はしゃいだ。そんなに、ジェイドは「でもあんまりアズールやフロイドとお喋りしちゃダメですよ」と血だらけの手袋を外しながら言う。はそれに文句を言おうとしたけれど、下手に反抗すると連れて行って貰えなくなる、と気付き「はーい」と素直に返事した。

「いい子ですね。じゃあ行きましょうか」

ジェイドはの荷物を片方奪うと、手袋を外した手で、と手を繋いだ。を汚さないように気をつけながら。