逆さまのハートのエースが血に塗れている。それが刺さった金魚は、もう動かなくなっていた。私は赤の混じった金魚鉢を茫然と眺める。「キミがあまりにもソレに夢中だったから」後ろで声がした。そのとき、私は何て言ったのだろう。それは本当に忘れてしまった。


「どうしてわかったんですか」
「気付いたのはキミがボクの手から白いカップを受け取ったとき。最初、赤いカップを差し出してもキミは何も言わなかった」

「白はキミの、赤はボクの。キミがお揃いにしようって買ってきたんだ」、ヒソカさんはカップを眺める。そう。これは私が買ってきたものだ。

「キミに盛ったのは記憶を混濁させる薬。といっても、あんまり期待はしてなかったんだ。精々一日二日忘れるだけだろうって。きっかけがあれば、きっとすぐに記憶は戻ると思ったし、事実そうなった」

ヒソカさんの言う通り、記憶が全く無かったのは二日程度だった。記憶を無くした初日、だから私は赤いカップを差し出されても何も不思議に思わず受け取った。

「あれに入ってた薬は」
「あれはただの睡眠薬。ちょっと試しに使ってみたくて」
「……金魚を、殺したのは」
「言っただろう。キミがあまりにもソレに夢中だったから、って」

私はいつかの夢を思い出す。熱くて苦しくて、目の前が霞んで意識が朦朧としてくる。呼吸も出来なくなってきて、そうなって初めて、私の首に掛かっていた手が離れる。ヒソカさんは「ごめんね、つい興奮しちゃって」と口角を上げる。酸素を取り込むのに必死な私は、それに返してる余裕もなくて、そんな私を見て「金魚みたいだねぇ」ってまた笑う。
夢じゃない。夢じゃないのだ。金魚は確かに死んでしまったし、ヒソカさんは性交の最中によく首を絞めた。ヒソカさんの性格を、本性を、趣味を知らない訳じゃない。猟奇的で、本能が強い、私はそれをよく知っていた。知っていて、一緒に居る。

「ボクだけを見て欲しかったんだ」

ヒソカさんが、そっと私の頬を撫でる。冷たい手の平。

───ボクは気まぐれで嘘つきなんだ。

あれは、警告だったのだ。私もきっといつか、金魚になるだろう。泳げない金魚に。それでも、私は本能のまま生きる彼が、どうしようもなく好きだった。