母は優しい人だった。「貧乏でごめんね」が口癖の母だった。母はよくトランプを使った手品を見せてくれた。母は優しくて、器用な人だった。
いつだったか彼女に「ヒソカさんのお母さんってどんな人?」と訊かれたことがあった。ボクが「優しい人だったよ」と言ったときの彼女の顔は、どこか寂しそうだった。彼女は幼い頃に母を亡くしている。ボクはそれを知っていたから、彼女に家族の話をしたことはなかった。彼女のそういう、寂しい顔を何度も見ていた。彼女は帰る家が思い出せないようだったけれど、思い出せないんじゃない。彼女の帰る家は無いのだ。ずっと前から、何処にも。「一緒に暮らそうよ」、いつかボクがそう言ったときの彼女は、とても面白い顔をしていた。嬉しさ、恐怖、不安、そういうものが混ざった複雑な顔。彼女の居場所はボクの所しかない。縋るものが自分しかない、というのはとても愉快だ。そう思っていたのに、彼女は金魚に夢中になった。
「綺麗ですね」
縁日を模したイベントに行こうと誘ったのは彼女だった。そこで「金魚すくい」に興味を示した彼女は、たくさんの金魚を見ながらそう言った。屋台のおじさんに「やっていくかい?」と問われ、彼女は「一回だけ……」とお金を払った。ポイ、と呼ばれた小さな網で掬うらしい。チャンスは三回。一回目は失敗。二回目で一匹掬えた。三回目は失敗。二匹欲しかったらしく、彼女は肩を落としていた。「だって一匹じゃ寂しいじゃないですか」、金魚の入った袋を眺めて彼女は言った。寂しい、その感情はボクにはわからないけれど、彼女は多分、ずっと寂しいのだろう。
彼女は金魚をとても可愛がった。毎日「綺麗だね」と微笑んでいた。その笑顔は、今までボクだけに向けられていたものだったのに。
彼女が愛しくて堪らない。愛しさが強くなればなるほど、壊したい衝動も強くなった。
金魚を殺してしまったらきっとキミは泣いてしまうだろう。キミは大切なもののために泣ける子だから。でもキミは泣かなかった。「……金魚、死んじゃったんですか」、金魚鉢に浮かんだソレを眺めながらキミは言った。殺したのか、と訊かないのはキミの優しさなんかじゃない。キミは臆病だから。
「キミがあまりにソレに夢中だったから」
感情が昂ぶるとキミに手を掛けたくなる。首を締めた後の、酸素を取り込むのに必死な彼女は、金魚にそっくりだった。「ごめんね」ボクは彼女を抱きしめる。キミの大切な金魚を殺して、ごめんね。ボクも金魚になりたいな、キミに愛される金魚に。そんな風に思えてしまうくらい、ボクはキミしか見ていないんだよ。でもボクは、キミの寂しさを埋めることは出来ない。
いつだったか彼女に「ヒソカさんのお母さんってどんな人?」と訊かれたことがあった。ボクが「優しい人だったよ」と言ったときの彼女の顔は、どこか寂しそうだった。彼女は幼い頃に母を亡くしている。ボクはそれを知っていたから、彼女に家族の話をしたことはなかった。彼女のそういう、寂しい顔を何度も見ていた。彼女は帰る家が思い出せないようだったけれど、思い出せないんじゃない。彼女の帰る家は無いのだ。ずっと前から、何処にも。「一緒に暮らそうよ」、いつかボクがそう言ったときの彼女は、とても面白い顔をしていた。嬉しさ、恐怖、不安、そういうものが混ざった複雑な顔。彼女の居場所はボクの所しかない。縋るものが自分しかない、というのはとても愉快だ。そう思っていたのに、彼女は金魚に夢中になった。
「綺麗ですね」
縁日を模したイベントに行こうと誘ったのは彼女だった。そこで「金魚すくい」に興味を示した彼女は、たくさんの金魚を見ながらそう言った。屋台のおじさんに「やっていくかい?」と問われ、彼女は「一回だけ……」とお金を払った。ポイ、と呼ばれた小さな網で掬うらしい。チャンスは三回。一回目は失敗。二回目で一匹掬えた。三回目は失敗。二匹欲しかったらしく、彼女は肩を落としていた。「だって一匹じゃ寂しいじゃないですか」、金魚の入った袋を眺めて彼女は言った。寂しい、その感情はボクにはわからないけれど、彼女は多分、ずっと寂しいのだろう。
彼女は金魚をとても可愛がった。毎日「綺麗だね」と微笑んでいた。その笑顔は、今までボクだけに向けられていたものだったのに。
彼女が愛しくて堪らない。愛しさが強くなればなるほど、壊したい衝動も強くなった。
金魚を殺してしまったらきっとキミは泣いてしまうだろう。キミは大切なもののために泣ける子だから。でもキミは泣かなかった。「……金魚、死んじゃったんですか」、金魚鉢に浮かんだソレを眺めながらキミは言った。殺したのか、と訊かないのはキミの優しさなんかじゃない。キミは臆病だから。
「キミがあまりにソレに夢中だったから」
感情が昂ぶるとキミに手を掛けたくなる。首を締めた後の、酸素を取り込むのに必死な彼女は、金魚にそっくりだった。「ごめんね」ボクは彼女を抱きしめる。キミの大切な金魚を殺して、ごめんね。ボクも金魚になりたいな、キミに愛される金魚に。そんな風に思えてしまうくらい、ボクはキミしか見ていないんだよ。でもボクは、キミの寂しさを埋めることは出来ない。