真夜中に目が覚めることは珍しくない。喉が渇いたなと身体を起こして、隣で眠るムルを見る。一人では広すぎるベッドは、ムルが一緒だと少しだけ狭く感じられた。シーツに投げ出された白い足を一瞥して、毛布を掛け直してから私はムルを起こさないようにベッドから抜け出した。
「んー」
固まった身体をほぐすように、伸びをしながらキッチンへ向かう。
この広い家は父の遺したものだった。父は人間だったけれど、魔女である私をとても愛してくれた。反対に、母は私を嫌っていた。父も母も死に、遺産を相続するか放棄するか悩んで、結局貰い受けることにしたのは、もうずっと昔の話だ。私はこの広い家に一人で住んでいる。一人では持て余すかもしれないと思ったけれど、ときどき友人を呼んで騒ぎの場として提供すれば、そうでもなかった。この家に人が来るのは、そういう騒ぎの場として提供したときか、私が寂しいとき、誰かに傍にいてもらいたいときだった。今日は後者だ。
水を一杯だけ飲んで、私は部屋に戻った。白で揃えた家具、レースの天蓋付きのベッド、真珠のネックレス、リボンやフリルが贅沢にあしらわれたお洋服。飾られた宝石やアクセサリーはどれもお気に入りで、ここは私がお気に入りだけを集めた空間だった。
「ムル」
ベッドで寝息をたてるムルを起こさないように小声で呼ぶ。魔法が解けて男に戻っているムルを、もう一度女にした。平らな胸は柔からな丸みを帯びて、背が少し縮む。髪は長い方が好みだけれど、ムルは今の長さが一番似合っているから、そのまま。ムルの頬に掛かった髪をそっと払いながら、伸びた睫毛を眺める。
私は女の人が好きだった。恋愛対象も、性的行為の対象も女だった。
ムルはうつくしい男だ。顔が物凄く好みで、けれどムルは男だから、といつもは見るだけにしていたのだ。けれどある日ムルが賢者様に頼み込まれて魔女に変身した、という話を聞いて私は閃いてしまった。魔女になったムルを抱けば良いのだと。ダメ元でお願いしたらムルは楽しそうだからという理由だけで承諾した。私が抱く日もあれば、抱かれる日もあるが。西の魔法使いはそういうところがある。
「……ん」
「あ、ごめんね。起こしちゃった?」
「うーん……、うん」
目蓋を擦りながら上半身を起こしたムルは、淡いパープルのワンピースタイプのパジャマを着ている。それは私がクロエにお願いして作ってもらったもので、所々にあしらわれたフリルとリボンが、ムルの少女性を引き立てていて可愛い。男のムルは猫のようでいて、紳士な面があるけれど、女になったムルは少女のようで、私は少女のようなムルが一等好きだった。
「、眠れないの?」
「ううん。ちょっと目が覚めちゃっただけ」
「起こしてごめんね」と言う私の腹に顔を埋めるようにして、ムルが私を抱きしめる。ムルの髪を梳くと、ムルは「にゃーん」と機嫌良さそうに鳴いた。
「あら、可愛い猫ちゃん」
そう言って髪を梳いていた手を頬に滑らせる。白くて柔らかくて、マシュマロみたいな肌。ムルはその手に擦り寄ると、そのまま身体を起こして、同じように私の頬を撫でた。私より少しだけ高い目線。ムルの髪が頬に当たって擽ったい。
「」
ホットミルクの中に蜂蜜を溶かすような、甘くてすこし高い声が私の鼓膜を揺らす。ムルは私の身体を抱きしめるようにしてベッドに倒した。目が覚めたときに見た足が、私の足に絡まる。少し冷えた足先が心地好かった。じゃれるように耳を舐められて、擽ったくて身を捩った。
「ん、……ふふ、それ擽ったい」
「、好きでしょ、これ」
女の子のムルは可愛い。リボンやフリルはムルを引き立てているし、甘くてすこし高い声も、柔らかな肌も、甘美な毒のようだった。
月明かりだけが頼りの部屋で、ムルの瞳が一瞬輝く。今日は私が抱かれる方か。
(シルクの月明かり)