リボンを結ぶ手は優しかったけれど、リボンを解く手はもっと優しかったように思う。
きゅ、とほんの少しだけ髪の毛が引っ張られて、白いレースが揺れる感覚がする。「出来た!」と櫛を片手に笑うムルに、お礼を言って合わせ鏡で後ろを確認する。綺麗に纏められた髪が、白いレースのリボンで飾られていた。

、このリボン似合うね」
「ありがとう。ムル、髪を結ぶの上手だね」
「たまにシャイロックの髪で遊んでる!」

ムルは「シャイロックの髪サラサラだよ」と楽しそうに宙を一回転。私はシャイロックの髪に触れたことがないから、それが本当かはわからないけど、ムルが言うならそうなのだろう。ここにはいないシャイロックの、滅多に見られない髪を下ろした姿を思い浮かべた。
ドレッサーの鏡越しに私を見ながら、ムルが「うーん」と唸る。

「どうかした?」
のそのリボン、見たことある!」

「でもどこで見たか忘れちゃった」と言うムルに、私は動揺を悟られないように、ゆっくり言葉を吐いた。

「無難なものだから、どこかお店で見たのかもね」

ムルがじっと、私を見つめる。正確にはリボンを。耐えきれなくなって、椅子から退こうとした私の髪にムルが触れた。「あ」と何かを思い出したかのような声に、私の肩がほんの少しだけ跳ねた。

「これ、あの日俺があげたやつでしょ」

あの日。「あの日って、いつ」。ムルと鏡越しに目が合う。ムルは微笑むと、リボンを手に取ってそっと口付けた。同じだ。あの日と。

望んで魔法使いに生まれたわけではない。けれど、力を手放すことも、魔法使いとして強くなることも出来なかった。自分を曖昧な存在に感じていた。あの日までは。
殺すつもりなんて一切なかった。些細なことで言い争いになって、互いにヒートアップしてしまって、私は相手が人間なことも忘れて、魔法を使った。人を傷付けるために、魔法を使ってしまった。魔法を使えば、人間をいとも簡単に殺せるのだと、知ってしまった。

「月明かりの下で人を殺した気分はどう?」

「ああ、リボンが血に濡れているね」と、ムルはそれを解いた。その手がひどく優しく思えて、私は何も言えずにいた。それからムルが呪文を囁くと、真新しい、真っ白なリボンが結ばれる。どうしていいのかわからなくて、途方に暮れて、青褪めていた私を見たムルはそのとき、確かこう言ったのだ。

「そのリボン、きみに似合うな」

鏡越しのムルが笑っている。これは虚像だ。ムルはあの頃とは随分と変わってしまった。そのはずなのに、鏡の向こうのムルは、あの日と同じ微笑みを浮かべていた。
膝の上に置いた手に力が入る。ワンピースが皺になるのも気にせず、そこをぎゅうっと握った。「ムル、私、」、殺すつもりなんて本当になかったの。私が言葉を紡ぐよりはやく、ムルは「お腹空いた!」といつもの楽しそうな笑顔を浮かべた。私の腕を取ったムルが「俺、パエリアが食べたい!」と、私を椅子から立ち上がらせた。「作れる?」と問うムルに、私は「作ったことない、から、レストランに行こう」と提案した。私が奢るから、と。ムルは少し考える素振りを見せた。私の腕から手を離したムルは、その手と私の手を繋いだ。それから「いいよ!」と言ったムルに、私は安堵した。

「ごはんを食べながら、あの日の話を聞かせて」

ムルが歩き出す。ムルの言葉に何も返せずに、ムルに引っ張られていく。部屋を出る間際、ちらりと振り返って鏡を見た。鏡の中の私のリボンが、血に濡れていた。

(リボン)