※多大な捏造
※魔法については適当。
※名前がユウの女監督生が出ます。
※細かいことを気にしてはいけない。


死者蘇生は禁術である。それはこの世界で魔法を学ぶ者なら知っていなければならない常識だ。なぜ禁術なのか。答えは簡単、倫理に反するからだ。死んだら人はかえらない。それを肝に命じておかなければならない。また、死者蘇生は禁術とはいえ、死者を蘇らせるのは簡単ではない。術者には膨大な負荷がかかるうえに、成功する確率は限りなくゼロに近い。例え蘇らせたとしても、負荷に耐えきれず術者が死ぬ可能性もある。

「───では、死者蘇生に必要なものは何か知っていますか」

お昼を過ぎた午後の授業で、教室には暖かい日の光が差し込んでいた。うとうとする生徒が数人いるなか、最前列に座った赤い髪の子が「はい」と手を挙げる。

「はい、赤髪の彼」
「2年のリドル=ローズハートです。死者蘇生には、死者の血液と術者の血液が7:3で必要になります」
「ローズハートさん。よく勉強していますね。その通りです」

死者蘇生を試みる者は、真っ先に死者の血液を採取する。死んで時間が経つと溶血現象が始まり、血液としての働きを無くすからだ。しかし、医療に従事する者は別としても、普通の人が血液の採取をするのは難しい。採取自体もそうだけれど、その後採取した血液を綺麗なまま保管しておく設備は、ふつう人は持っていない。医療関係者に依頼したところで、必ず用途を訊かれる。死者を蘇らせたい、などと言えば当然拒否される。また、死者は蘇ったその時点の身体を保つ。死体の腐敗が進めば進むほど、蘇ったときに醜いということだ。死者蘇生には迅速な対応が必要であること、しかし準備に手間がかかりすぎることから、ここ数十年で試みた者は居ない。

「そして先程も言った通り、術者自身もその身を滅ぼしかねません。倫理に反するから、と教科書にはありますね。勿論それもその通りです。ですが、禁術である理由の大部分は「身を滅ぼす」からです。興味本位で手を出して良い代物では無いし、それで魔法士を失うのは国にとって大きな損失です」

私は広げていた教科書を閉じながら話す。時計を見ればあと数十分で終わりの時間だった。授業の残りの数十分は質疑応答の時間にすると決めている。「では、何か質問のある方は?」、今度は最後列に座った生徒が手を挙げた。

「はい、青髪の彼」
「1年のデュース=スペードです。ここ数十年、ってことはそれより前は死者蘇生を試そうとした魔法士が居たんですか?」

死者蘇生を試みた論文や記事は少なからず存在する。けれど、それはどれも「倫理に反する」からと闇へ葬られた。勿論教科書にだって載っていない。そんなものを載せたら、興味本位で試す人が必ず出てくるからだ。

「スペードさん。はい、居ました。さっき死者は蘇った時点の身体を保つ、と話しましたね」
「はい」
「では、成功した例はどこにも載っていないのに、どうしてそれがわかると思いますか?」
「……?……どうしてだ……?エース、わかるか?」
「あー、どこにも記載されてないだけで、成功したやつがいるから?」

頭にクエスチョンマークを浮かべたスペードさんの隣の、エースと呼ばれた彼が冗談っぽく言う。スペードさんは「なんで記載されてないんだ?成功例なら載せてもいいんじゃないのか」と更にクエスチョンマークが増えていた。

「エースさん。はい、その通りです。ずっと昔、たった一人だけ成功させた人がいました」

途端に教室が騒めく。私がここに呼ばれ、授業をしているのは教科書には載っていないことを教えてあげて欲しい、と頼まれているからだ。生徒の質問に真実で答える、それが私の役目。

「成功例は記載されていないのではなく、記載出来ないんですよ。成功させた術者は、その直後に負荷に耐え切れず死にました。とても優秀な魔法士だったのに。具体的な術式や方法を示した記録は何も残されていませんし、それに、成功例なんて記載したら、自分にも出来るかもと禁術に手を出す者が後を断ちません」

うとうとしていた生徒も顔を上げて話を聞いている。1、2年生合同のこの授業は隔年で行っているけれど、「死者蘇生を成功させた人がいる」と言うと皆同じ反応をするな、と一昨年を思い出した。「あの」と控え目に手を挙げる生徒に目を向ける。「はい、黒髪の彼」と声を掛ければ「1年のユウです。生き返った人はどうなったんですか?」と彼が問う。

「ユウさん。まだ生きていますよ。彼女には心臓がありませんから、生の定義に収めるのは難しいかもしれませんが、活動しているという点では、生きています」

また教室が騒めき出す。どうしてわかるんだ、なぜ知っている、そんな声も聞こえる。授業終了の鐘が鳴り、教室は一度静かになった。

「私から教えられることは以上です。これで授業を終わります。お疲れ様でした」

終わりの挨拶をして、私は教室を出た。二年に一度、それも一日だけとはいえ、真面目な場所は疲れるな、なんて考えながら学園長室に向かう。

「お疲れ様でした、ご主人様」

背後からの聞き慣れた声に、溜め息を吐いた。

「それ、止めてくれる。ジェイド」
「なぜですか?あなたに買われたことは事実ですし、いいじゃないですか」

この男、絶対に楽しんでいる。周りの生徒の視線が痛いけれど、言ってもどうせ聞かないだろうと諦め「さっきの授業、フロイドはいなかったようだけれど」と歩きながら話す。

「すみません、フロイドは気分屋なところがありますので」
「サボりってこと」
「そういうことです。それにしても、ご主人様が臨時講師だったなんて、驚きました」
「隔年で一日だけ、学園長に頼まれているの」
「あぁ、だから昨年は無かったんですね。死者蘇生の授業、とても興味深く、面白かったですよ」
「それはどうも。私、学園長に呼ばれているから」
「では学園長室までお送り致します。ここは男子校ですから、ご主人様のように美しい女性がいるといつ襲われるかもわからないでしょう」
「結構よ。こんなババアに手を出す男なんていないわ」
「あなた、外見年齢は僕たちとそう変わらないじゃないですか」
「……ここの生徒たちよりは大人に見えると思うけど」
「鏡をご覧になっては?」
「はいはい、後で見ておくわ」

死んだのが20歳を迎えてすぐだったのだから仕方ないじゃないか、と言いたかったけれど止めた。ジェイドはよく口が回る。いくら私がジェイドより長く生きているからと言っても、相手をするのは骨が折れるのだ。
学園長室に着いた後も、ジェイドは一緒に中に入ろうとしたけれど「私は彼女と話があるので」と学園長が追い出してくれた。ジェイドもさすがに学園長には強く出られないらしい。「ではまた後で」と笑顔で去っていったジェイドに、また溜め息が出た。後でも何も無い。

「あなた、いつの間に彼と仲良くなったんです?」

紅茶を用意しながらそう訊く学園長に、私は昔話をした。幼い双子を買ったこと、うちへ来たと思ったらなぜだか懐かれていること。学園長は「あの二人がねぇ」と感心したような声を出した。

「私はそんなつもりで彼らを買ったんじゃないのだけれど」
「でもあなた、子供お好きでしょう」
「子供というには随分大きいと思わない?」
「17歳なんてまだまだ子供ですよ。それに、あなたから見たら私だって子供でしょうに」
「それはそうだけれど……」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。きっと彼らもそのうち飽きますよ。子供の可愛いオママゴトだと思えばいいんです」
「……本音は?」
「あの兄弟の手綱を握ってくれる人がいると楽ですね!」

はぁぁ、と長い溜め息が出た。今日は溜め息しか出ない日なのかもしれない。「あの二人が問題を起こしたらご両親の代わりにあなたを呼べますし」と言っていたのは聞かないことにした。なんとなく感づいてはいたけれど、彼らは学園内でも問題児らしい。学園長は手綱を握っているだなんて言うけれど、二人は面白がって私を主人だと呼んでいるだけで、私にはそんなつもり一切無いのだ。

「まぁ、何かあれば私も力になりますから。ほら、私優しいので」
「はいはい。それで、そろそろ本題に入ったらどうかしら」

まさか世間話のためだけに呼んだわけじゃないでしょう、と言えば、学園長は紅茶をテーブルに置きながら「監督生くん」と扉へ声をかけた。「失礼します」と控え目に入って来たのは、授業で「生き返った人はどうなったのか」と質問して来たユウさんだった。学園長が「彼女は特例でして」と話し出す。異世界から来た女の子。女の子だったのか、と頭の中のユウさんに関する情報を書き換えて、私は学園長の話に耳を傾けた。

「それでですね、卒業までに帰り道が見つからなかったら、あなたが面倒を見てくれないかと」
「え」
「何言ってるんですか、学園長!」
「いやね、彼女、子供を育てるのが趣味なんですよ。魔力を持たない監督生くんの就職先も見つけてくれるんじゃないかと」
「……まぁ、育てた子のなかには、魔法が苦手な子も居たからそういう職が無いわけじゃないけど……」
「ていうか……私は帰れないんですか……」
「卒業までに見つからなかったら、の話ですよ。監督生くんが帰れるように尽力していますから。私、優しいので」

本当か、それ。と思ったけれど言わなかった。ユウさんは「ほんとかなぁ……」と口にしていたけれど。
折角同性同士なのだから、と学園長はユウさんに私とのお喋りを勧めていた。先程の私の授業が今日最後だったらしく、ユウさんは「先生が良ければ」と笑った。二年に一度授業をするだけで先生と呼ばれるのは、いつまで経っても慣れない。
私もこの後は特に用事はないし、ユウさんと他愛もないお喋りをした。友人は皆亡くなってしまったし、あまり近所付き合いも良い方ではないから、こうして女性とお喋りをするのは久しぶりで、楽しかった。学園長が途中途中で茶々を入れてくるのはうざったかったけど。

「あぁ、もうこんな時間ですね。日が沈む前に寮に戻った方がいいわ」

学園長に挨拶を済ませ、二人で外へ出た。ユウさんは購買へ寄ってから帰るというので、廊下で別れることになった。

「それじゃあ、私はここで。先生とのお話楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ。さっきの……、卒業しても帰れなかったら、うちへ来てください。出来る限りは力になります」

連絡先は学園長が知っているから、と伝えればユウさんは「ありがとうございます」と頭を下げて去っていった。この学園にいるには勿体ないくらいのいい子だったな。卒業までに帰る方法が見つかれば良いけど、と考えながら私も帰るべく足を進めようとしたときだった。

「あーっ!いた、ご主人サマ!」

後ろからのしかかられた。重い。「フロイド、ご主人様が潰れてしまいますよ」とジェイドの声がする。そう思うなら今すぐ引き剥がして欲しい。

「フロイド、離れて。私はもう帰るの」
「えぇ〜いいじゃん。オレもご主人サマに会いたかったんだよぉ」
「ならきちんと授業を受けるべきだったわね」
「ご主人サマがせんせーだったとか知らねぇし、ジェイドも教えてくんなかったんだもん」
「僕も授業が始まるまでは知りませんでしたよ」
「誰が先生でも授業は受けなさい」
「だってオレ死者蘇生とかキョーミねぇもん」

「でもぉ、ご主人サマにはキョーミあるよぉ」とフロイドの手が胸の上を滑る。他の生徒に見られたら勘違いされるから本当に止めて欲しい。放課後だからなのか、ユウさんと別れてからあまり人は通らないけど。

「ねぇ、ご主人様」

フロイドの背後から私の前に移動したジェイドが、両手で私の顔を包む。「僕たち、あなたのことが知りたいだけなんですよ」、ジェイドと目が合う。「そーそー。オレたち、ご主人サマのこと知りたいだけ」とフロイドが私の洋服のボタンに手を掛けた。ぷつり、ぷつり、と胸元が肌蹴る。

「ご主人サマの心臓って、どこにあんの?」
「授業でお話しされていた、蘇った死者ってご主人様のことですよね?」

鼓動の鳴らないそこに、フロイドの手が触れる。人魚は体温が低いと聞いたことがあったけれど、本当らしい。触れられたところが、冷えていく。死んで身体が冷えていくみたいに。ジェイドは手袋をしているから、顔は冷たくならないな、なんてぼんやり考える。

───子供の可愛いオママゴトだと思えばいいんですよ。

学園長の言っていた通り、きっと彼らはそのうち飽きるだろう。それこそ子供のオママゴトのように。
私の薬指に嵌められた指輪が光る。「ジェイド、フロイド、手を離して」と囁けば、二人は素直に離れていった。

「あは、やっぱご主人サマっておもしれぇ〜」
「今の……あなたのユニーク魔法ですか」

いつも余裕そうな二人の驚いた顔は愉快だ。

「秘密。簡単に教えてしまってはつまらないでしょう」

二人はすぐにいつも通りの笑みを浮かべた。楽しくって仕方ない、そんな顔。私にもそういう、楽しくて仕方のないときがあった。楽しくって、幸せで、ずっとこの日々が続けば良いのにと願うような日々が。もうそんなの、ずっと昔に諦めてしまったけれど。
私は二人の顔を見ながら、転移魔法を発動させる。もしかしたら、二人の顔を見るのはこれが最後になるかもしれない。

「私を捕まえられたら、あなたたちが一番知りたいことを教えてあげる」

それまではさよならよ。あまり期待はしないで待っているわ。あなたたちが飽きるのが先か、私が捕まるのが先か。私はあなたたちが飽きる、に賭けようかしら。だって所詮は、子供のオママゴトだもの。