午後の日差しが暖かい日のことだ。大きな仕事も無く、書類の整理をし乍ら敦は考えていた。今晩、を夕食に誘う文言を。敦の右斜め向かいで、電脳機器に向かっているを盗み見る。は今日、普段は下ろしている髪を結んでいた。敦はいつもと違う印象のに、目を奪われる。

「敦くんってば、そんなに熱心にちゃんを見詰めて如何したんだい?」

隣の机で先程まで居眠りをしていた太宰が、ニヤニヤとした顔で敦に云う。敦は慌てて書類に目を戻し乍ら「なっ、ちが、見詰めていたわけでは……!」と弁解。そんな二人の声は勿論にも聞こえる訳で、は手を止めて敦たちの方を見た。

「敦くん、何か用だった?ごめんね、集中してて気付かなかった」

ふんわりと笑うに、敦は今が好機なのではと「いえ、あの、今日、」勇気を振り絞って声を出した。社内は静寂に包まれる。鈍い男代表である国木田を除いた社員一同は、敦の気持ちを知っている。そして皆、素直で可愛い後輩の恋路を密かに応援しているのだ。

、ちょっといいか」

社の扉が開いたかと思えば、出掛けていた国木田が帰ってくるなりに声を掛けた。今先刻来た国木田が、敦が勇気を振り絞ったことなど知る筈も無く、刺さる様な社員の視線に首を傾げた。時機の悪い男め……、誰かが呟いた。

「国木田さん、一寸待ってくださいね。敦くん、なあに?」
「……いえ、また今度で大丈夫です」
「そう?ごめんね、一寸行ってくるね」
「はい。いってらっしゃい……」

敦は今日もを誘うことは出来なかった。太宰が「残念だったねぇ、敦くん」と笑っている。敦は「笑わないでくださいよ……」と不貞腐れた。


二度目の好機は早くも翌日に訪れた。その日も大きな仕事は無く、敦は資料室の整理をしていた。要るもの、要らないもの、確認が必要なもの、と資料に目を通しては分けていく、を繰り返す。棚の一段目が終わった頃、資料室の扉が開いた。「敦くん、居る?」と顔を出したのは。敦は「はい、居ますよ」と上擦った声を出した。は今日も髪を結んでいた。

「一人じゃ大変だろうから、お手伝いに来たの」
「えっ、ありがとうございます。でもさん未だ仕事があるんじゃ……」
「一段落したから大丈夫。そっちの棚からやってる?」
「はい。此処は終わりました」
「じゃあ、私あっちからやるね」

敦の居る方とは逆の棚から資料を出していく。敦はの横顔を、綺麗だなと見詰める。狭い空間で、そんな敦の視線にが気が付かない訳が無く「どうかした?」と資料から顔を上げた。敦は昨日と同じく慌てて「あっ、いや、えっと……」何て弁解しようか考える。今こそ夕食に誘うべきじゃないだろうか。一言、今日夕飯一緒に如何ですかと云うだけだ。考えて、考えて、出てきた言葉は「その、……髪飾り、よく似合ってます」だった。

「ありがとう。敦くん、こういうの好き?」

こういうの、とは自身の髪を飾るそれを指先で叩く。敦は「……好き、です」と小さく云った。それを聞いたは「じゃあ、明日も付けてこようかな」と資料に目を戻した。

「え、それって」

如何いう意味ですか、そう訊こうとした敦だったが、開いた扉に口を噤んだ。扉を開けたのは国木田で「お前たち!何をサボっておる!」と狭い資料室に声が響く。国木田、何処までも時機の悪い男である。資料を閉じたはそれをその辺に放ると「敦くん!」と敦の手を掴んだ。

「はい?!」

敦は目を丸くする。敦の手を掴むの手は、熱い。

「逃げるよ!」

悪戯っ子のように笑ったは、敦の手を引いて国木田の横をすり抜ける。突然のことに反応が遅れた国木田が「こら!」と二人を追いかけようとしたが、そんな国木田の前に太宰とナオミが立ちはだかる。

「はいはい、国木田くん邪魔しない」
「そうですわ!折角お二人が二人きりになれるようにしたんですから!」

声を荒げるナオミに、国木田は訳が判らず太宰を見る。察した太宰は「国木田くんってば本当に鈍ちんだよねぇ」と小馬鹿にした。国木田は熟考。約二分後に合点がいった国木田は「敦はが好きなのか?!」と声を上げた。こうして敦の気持ちは国木田にも知られることとなった。



一方、逃げ出したと敦は近くの公園に来ていた。敦は繋がれたままの手を見て、気付かない振りをしようとしたが「はぁーっ、久し振りにっ、はぁ、走っ、った、から」と息が上がっているに「僕、お水購ってきます!」と手を離した。
敦が水を購って戻って来た頃にはも落ち着いていたが、は差し出された水を素直に受け取った。公園のベンチに並んで腰掛けたものの、敦は如何するべきか悩んでいた。が好きだと、此処で云ってしまおうか。敦の手を掴んだの熱、の「じゃあ、明日も付けてこようかな」の言葉の意味。それらが判らない程、敦は子供では無い。

「あの、さん」

と目を合わせた敦に、は優しく「なあに」と笑う。日が傾きかけていて、街はすっかり夕日に包まれていた。敦は少しだけ視線を逸らして、直ぐに戻した。五時を告げる鐘が鳴っている。遠くで子供たちの声。敦は、今此処には自分としか居ないような、そんな錯覚を覚えた。

「僕、さんが好きです」

敦の顔は、赤く染まっていた。は間を置いてから「私も、敦くんが好き」とはにかんだ。
帰り道、敦は未だ赤い顔で「手を、繋いでもいいですか……?」とに訊ねた。は「勿論」と自身の手を差し出す。敦はそっとその手を握った。点滅する青信号を見ても、も敦も急がなかった。二人で、同じ速度で歩く。が「明日は夕食に誘ってね」と敦の手を握り返した。


単純明快シンクロニシティ
(リクエスト企画 / 敦くんとのあまずっぱいお話)