「誕生日おめでとう」
一輪の薔薇が巻き付けられた指輪は、
にとって祝いであり呪いでもあった。もうずっと昔の今日、
はこの世に生を受けた。そして
の永遠は始まった。
赤司は
が薔薇を好きでないことを知っている。花弁の開かれていない薔薇が、
の指を彩る。
はそれにそっと目を落として「ありがとう」と囁いた。言葉に感情がのっていないな、赤司は思ったが言わなかった。
にとっても、赤司にとっても、今日は特別な日だから。余計なお喋りは必要無い。
「……お腹空いた」
丘の上の小さな家が、
の住処だ。赤司は年に二度、ここへ足を運ぶ。赤司としてはもっと、何なら毎日通いたいが、
はそれを許さない。この家は、誰であろうと
の許可なく入ることは出来ない。
がそういう「制限」を設けたからだ。人ならざる者というのは、大抵不思議な力を持っている。
は人間の血を生きる糧とする吸血鬼だ。しかし
は不完全だった。本来なら二本生えるはずの牙は一本しか無いし、吸血鬼の主な活動時間である真夜中には眠くなる。不完全故に、
の両親は
を愛さず見放した。赤司はそんな彼女と自分を重ねたのだ。
のその言葉に、赤司は口角を吊り上げる。「おいで」赤司は
の手を引いて、一人掛けのソファに腰掛けた。
はその傍らに跪き、赤司の手を取る。
の真っ赤な舌が、赤司の手首をなぞる。人間の血は皆味が違う。吸血鬼たちは好みの味を求めて、人間を襲う。
は赤司の血が好みだった。
「そっちじゃないだろう」
赤司の鋭い声に、
は突き刺す寸前の牙を離した。ほとんどの吸血鬼は首から血を吸う。首には太い血管があって、多量の血を一度に摂取出来るからだ。それは同時に、簡単に殺せるということでもある。だから
は首から血を吸うのがあまり好きでは無く、手首や指、ときには傷口等の、そういう狭い範囲のところから血を欲しがる。
は人間を襲うのも嫌う。
が人間の血を吸い尽くして殺したところを、赤司は見たことがある。それが二人の出会いだった。「もう殺したくない」と泣きながら
が言っていたのを、赤司はよく憶えている。憶えていて、赤司は
が首以外から吸うことを許さない。
「少しで良い」
「
が満腹になる程飲んでも、僕は死なないよ」
だから首からどうぞ、と言わんばかりに赤司の手が襟元を乱していく。
は生唾を飲み込んだ。
吸血鬼に死は無いが、血が足りなければ体調を崩すことはある。年に二度、
は赤司の血を満腹になる程飲めば何不自由なく過ごせる。普通の吸血鬼ならそんな量では足りないが、
は不完全な所為か、それで事足りるのだ。だというのに、
は満腹になる程飲むのも嫌がる。殺してしまうかも、とこわくなるのだ。アレも嫌、コレも嫌で子供みたいだなと赤司は何度も思った。
「でも……」
毎年繰り返すこのやり取りにも、赤司には慣れたものだ。
「でも、じゃない。僕はそう簡単に死なないし、
が暴走する前に止めてあげるよ」
赤司は
の腕を引いて、自身の膝にのせる。こうなればもう、
は赤司の言うことを聞くしかなかった。
の牙が、赤司の首を刺す。「は、ぁっ」赤司は小さく息を吐いた。
「ん、んっ、」
の唇が、赤司の首が、血に塗れていく。一度唇を離した
は「はぁ、あまい……」とうっとりした声を洩らす。そうしてまた牙を立てる。赤司は
に求められるのが、どうしようもなく嬉しかった。心に空いた穴が埋まっていくような、そんな感じがするのだ。赤司の目の前がチカチカと光る。赤司は夢中で血を貪る
の頭を優しく撫でながら「
、もうお終い」と声を掛ける。
は我に返って赤司を見つめた。赤司はそんな
の、血に塗れた唇に自身の唇を重ねる。血の味がする、何度も口に含んだ味だけれど、赤司がそれに慣れることは無かった。
「んぅ、ん、はぁ……」
「ん、ごちそうさまは?」
「、ごちそうさま」
が乱れた髪を耳に掛ける。
の耳には薔薇のピアスが揺れていた。それは昨年の誕生日に赤司が贈ったもので、赤司がこの家に来るときに身に着けている。
赤司の指先が
の目尻を撫で、頬に滑り、耳に触れる。赤司の手は冷たかった。死んでいるみたい、
は思う。
「着けてくれているんだね」
「……ええ」
「薔薇、本当は好きじゃ無いだろう」
赤司は時々意地悪だ、と
は思った。「知っているのに、どうして」今年は指輪、昨年はピアス、一昨年は花束、赤司は
に薔薇しか贈ったことが無い。一昨年に貰った薔薇を、
はすぐに枯らせてしまった。元々何かを育てるのは得意では無いのだ。赤司は
の耳を撫でながら微笑む。それから
の手を取り、自身の手と重ねた。まるで神様に祈るみたいに。
「
が僕を思い出してくれるように」
は呪われ続ける。この先もずっと、永遠が終わるまで。
永遠を誓えない