LIMEのメッセージ画面には友人からの「どうしても数合わなくて!居るだけでいいから、お願い」の文字。4対4の合コンが今晩あるらしいが、女性側の一人がドタキャン。私に指名がきたというわけだ。数合わせとはいえ、恋人が居る女を誘うのはどうなんだ。いや、他にも声を掛けたらしいが全滅したと言っていた。私が最後の頼みの綱らしい。どうしたものか……、とスマホを眺める。
千景は私が何処で何をしようがあまり気にしないらしい。私が浮気だと誤解されそうなことはしないようにしている、というのもあるのかもしれないけど。私たちは恋人とはいえ、結構淡白なお付き合いをしている。でもそのくらいが丁度良かった。
この人嫉妬とかするのかな、って時々思う。だからと言ってわざわざ嫉妬させるようなことはしないけれど。私は千景が怒ったり拗ねたりした顔を見たことが無い。たまに機嫌悪そうだなってときはあるけど、大抵いつもニコニコしている。そのニコニコが本当の笑顔がどうか判別出来るほど、私は千景を知らないけれど。怒らせたら、嫉妬させたら、拗ねさせたら、どんな顔をするんだろう。パソコンに向かう背中を見て思ったけど、報復がこわいのでその考えはすぐに頭から消した。

「千景、私今晩出掛ける」

背中に声を掛ければ、パソコンを見たまま千景は「どこか行くの?」。正直に言うべきだろうか。正直に言って、だめって言われたり、嫌な顔されたら友人には悪いが断ろう。

「合コン、なんだけど……」
「合コン?」
「お友達が、急に一人ドタキャンされちゃって、どうしてもって」
「へぇ。いってらっしゃい」

相変わらず画面を見たままだから、表情はわからないけど、嫌そうな声じゃなかった。普通に、いつもの「いってらっしゃい」だった。私たちは淡白なお付き合いだし、それが嫌な訳じゃない。私だって重い男の人はあまり好きじゃないし。でも、もう少し、何か、ちょっと、あっても、いいんじゃないだろうか、とは、思う。私は心のどこかで千景が「だめ」って言ってくれるのを、期待していたのだ。


「乾杯ー!」

千景が拗ねる顔とか、ちょっと見たいなって思ってたのに、結果拗ねたのは私のほうだった。数合わせとはいえ、もう今日は飲んでやる!と酒を仰ぐ。今は千景のことなんて忘れよう。休日だというのに仕事ばっかりで顔を見せないあんな男、今はどうでもいいのだ。

***


「ただいま〜」

数合わせで行ったとはいえ、合コンは思いの外楽しく、帰ってきたのは日付が変わった頃だった。お風呂上りなのかタオルを肩に掛けたままの千景が「お帰り。楽しかった?」と訊いてくるから、少し悩んで「楽しかった」と返した。どうせ嘘を吐いてもバレる。

「そう。それは良かったね」

楽しかった、千景のことをそのときだけは忘れようと思った。男性の一人が積極的に話しかけてくれたけど、千景のほうが話が面白いな、とか千景のほうが顔が良いな、とか、千景ならこうするだろうな、とか、結局千景のことばかり考えてしまったのは内緒。私は自分が思っているより千景が好きなのかもしれない。
「うん」と返して、私もお風呂に入ろう、と千景の前を通り過ぎようとしたら「待て」と呼び止められた。千景はいつも自分が使っている香水を持ってくると「手、出して」と笑う。千景の笑顔の種類がわかるほど私は千景を知らない。知らない、けどこれは、もしかして怒ってる……?

「手?」
「はやく」

苛立ちを含んだ声で急かされて、内心怯えながら右手を差し出した。手の甲を上にして差し出した手に千景の手が触れて、手の平を上にさせられる。シュッ、と小気味良い音を立てて、私の手首を千景の香水が濡らした。

「次、左手」

今度は手の平を上にして差し出した。左手首にも同じように香水が吹き付けられる。それに満足そうに頷いた千景は「後ろ向いて、髪の毛上げて」と更に要求してきた。何なんだ一体。結構お酒は飲んだけど、そんなに酒くさいだろうか。訊きたいけど、今は大人しく好きにさせるのが賢明な判断な気がする、と言われた通りに髪を上げた。ほんの一瞬だけ項に千景の唇が触れた感触がする。「ちょ、っと、千景っ」と振り返るよりはやく、香水が吹き付けられた。すこしひんやりする。「もういいよ」と言う千景の言葉に振り返れば、多分、先程とは違う種類の笑みを浮かべていた。

「これからお風呂入っちゃうのに」
「出たらまた付けてあげる」

私からいつもの千景の匂いがする。私が思っているより千景は私を好きなのかもしれない、と自惚れるのは仕方のないことだと思う。
ふたりのきもち