「救いが欲しかったの」
救われて良い理由が、欲しかったの。彼女が紅茶に砂糖を混ぜながらそう溢した。酔い潰れていない彼女と話すのは随分と久しぶりだった。彼女の頬にはもうガーゼは貼られていなかったし、腕に包帯も巻かれていない。僕はそれに安堵しながら、彼女の話に耳を傾ける。彼女は旦那に離婚を切り出したが、旦那は拒否していること、裁判の準備をしていること、彼女はぽつり、ぽつりと話してくれた。
彼女の話を聞きながら、僕は彼女の言う「救い」とは何だろう、と考える。離婚が無事成立することだろうか、彼女の傷が癒えることだろうか。けれど、どれも違う気がする。彼女の求めている「救い」は、もっと、別の何かのような気がする。
「薫くん、いつも私の話聞いてくれてありがとう」
「もう酔っ払いの介抱はごめんだからな」
「ごめんね。お酒の力を借りないと、本当のこと言えなかったの」
今日、話を聞いてくれと僕を呼び出したのは彼女だった。酒を置いている店に呼ばれると思っていた予想は外れ、彼女が指定したのは、夜も開いている静かな喫茶店だった。平日の夜だからなのか、喫茶店という店柄なのか、客は僕たちしか居なかった。静かな店内に、彼女の声が綺麗に響く。
「私、薫くんが好きだよ」
彼女が笑う。彼女の目を見て、僕は気付く。彼女にとっての「救い」は、僕だ。
僕はずっと逃げ続けてきた。僕も彼女も何も変わらないと思い込んできた。それは所詮思い込みでしかなくて、彼女は僕の知らないところで変わっていたのだ。僕は、自惚れでもいい、間違いでもいい、彼女を救うのは僕でありたいと思いながら、臆病なまま、逃げ続けてきた。自惚れでも間違いでもないことは、もうずっと前から気付いていたのに。
「多分、離婚は成立すると思う」
彼女の言う通り、離婚は成立して、彼女は旦那と別れるだろう。その後はどうするのだろう。彼女は、「私、ひとりになっちゃう」そうだ、彼女はひとりになってしまう。
彼女は結婚しているから、相手がいるから、手の届かない存在だから。ずっとそうやって言い聞かせてきた。彼女を奪わなくていい理由を、探していた。でもそれは、もう今夜で終わりだ。
「僕が貰ってやる」
今度こそ、本当に。