「かおるくん〜みてーおつきさまがふたつあるよ〜!」
「飲みすぎだ、全く」
背中に抱えた彼女が、声高にそう言うのを聞いて、呆れながらも上を見上げる。勿論そこに彼女の言うお月様は、一つしかなくて、あとはちらちらと星が瞬いているだけだった。
彼女はこんなに無茶な、人の手を借りなければ帰ることも出来ない程に酒を飲む人間だっただろうか。記憶の中の彼女はどれもそんなことはなくて、こんな風に酔い潰れた彼女を見たのは、初めてだった。
「あーあー、もっとかおるくんとはたらきたかったなあ」
彼女とは通った大学と勤めた病院が同じだった。その病院で、彼女は麻酔科医として勤めていた。だった、というのは彼女は医者を辞めて、専業主婦になるのだ。それを彼女の夫になる男は望んでいるらしい。
彼女は人懐こく、誰に対しても平等で、人と壁を作らない人間だ。「私、明日結婚式なんだ」そう言って彼女は僕のところへ来た。僕は彼女より先に医者という職業から身を引き、アイドルとして活動を始めていた。「薫くんがアイドルって、似合わないね」とからかう様に、笑った彼女の顔を見て、無理をしているなとは思っていた。自身がまだ病院に勤めていた頃から、噂はあったのだ。彼女が、なかなかに名の知れた家の男から、結婚を申し込まれているという噂が。その家の男も医者で、腕の立つ良い医者だと、テレビや雑誌でも名前を見たことのある男だった。彼女は、恐らく、この結婚は本望ではないのだろう、と長い付き合い故に気付いてしまった自分が、嫌になる。
「かおるくん、おほしさまきれーだねぇ」
「はいはい」
「かおるくんの、きらきらぼし、またききたいなぁ」
「あれはあのときだけって約束だったはずだ」
「んふふ、そーだっけぇ」
「そうだ」
「わたし、かおるくんのきらきらぼし、すきだよ」
「はいはい」
「ねぇ、かおるくん」
「何だ」
「なんでおいしゃさんやめちゃったの」
「……金のためだ」
「そっかあ」
「君は、医者をやめて専業主婦とやらになるんだろう。君は、」
「んー?なあに」
「……やっぱりいい。酔っ払いから聞く話なんてない」
「ひどおい。よっぱらってないもーん。あのねぇ、わたしねぇ」
それまで饒舌だった彼女の言葉が途切れる。寝てしまったのだろうか。終電の時間はとうに過ぎているし、タクシーでも拾うかと、車道に目を向けたところで「わたしねぇ」と話し出した彼女に、もう少しだけ、歩くことにした。
「わたし、あした、ヴァージンロード逆走しちゃうかも」
顔が見えなくても、彼女がどんな顔をしているのかわかってしまう。それだけ、僕たちの付き合いは長くなっていた。彼女が今、どんな顔をしているのかも、本当は結婚を望んでいないことも、わかっているのだ。わかっているのに、どうすることも出来ない。僕にも、彼女にも、事情があって、それは互いの身勝手な感情だけでどうにか出来るものではなかった。お互いもういい歳をした大人だ。どんなことも、責任を負うのは自分自身だ。彼女も、それは十分にわかっている。
「そうしたら僕が貰ってやる」
「飲みすぎだ、全く」
背中に抱えた彼女が、声高にそう言うのを聞いて、呆れながらも上を見上げる。勿論そこに彼女の言うお月様は、一つしかなくて、あとはちらちらと星が瞬いているだけだった。
彼女はこんなに無茶な、人の手を借りなければ帰ることも出来ない程に酒を飲む人間だっただろうか。記憶の中の彼女はどれもそんなことはなくて、こんな風に酔い潰れた彼女を見たのは、初めてだった。
「あーあー、もっとかおるくんとはたらきたかったなあ」
彼女とは通った大学と勤めた病院が同じだった。その病院で、彼女は麻酔科医として勤めていた。だった、というのは彼女は医者を辞めて、専業主婦になるのだ。それを彼女の夫になる男は望んでいるらしい。
彼女は人懐こく、誰に対しても平等で、人と壁を作らない人間だ。「私、明日結婚式なんだ」そう言って彼女は僕のところへ来た。僕は彼女より先に医者という職業から身を引き、アイドルとして活動を始めていた。「薫くんがアイドルって、似合わないね」とからかう様に、笑った彼女の顔を見て、無理をしているなとは思っていた。自身がまだ病院に勤めていた頃から、噂はあったのだ。彼女が、なかなかに名の知れた家の男から、結婚を申し込まれているという噂が。その家の男も医者で、腕の立つ良い医者だと、テレビや雑誌でも名前を見たことのある男だった。彼女は、恐らく、この結婚は本望ではないのだろう、と長い付き合い故に気付いてしまった自分が、嫌になる。
「かおるくん、おほしさまきれーだねぇ」
「はいはい」
「かおるくんの、きらきらぼし、またききたいなぁ」
「あれはあのときだけって約束だったはずだ」
「んふふ、そーだっけぇ」
「そうだ」
「わたし、かおるくんのきらきらぼし、すきだよ」
「はいはい」
「ねぇ、かおるくん」
「何だ」
「なんでおいしゃさんやめちゃったの」
「……金のためだ」
「そっかあ」
「君は、医者をやめて専業主婦とやらになるんだろう。君は、」
「んー?なあに」
「……やっぱりいい。酔っ払いから聞く話なんてない」
「ひどおい。よっぱらってないもーん。あのねぇ、わたしねぇ」
それまで饒舌だった彼女の言葉が途切れる。寝てしまったのだろうか。終電の時間はとうに過ぎているし、タクシーでも拾うかと、車道に目を向けたところで「わたしねぇ」と話し出した彼女に、もう少しだけ、歩くことにした。
「わたし、あした、ヴァージンロード逆走しちゃうかも」
顔が見えなくても、彼女がどんな顔をしているのかわかってしまう。それだけ、僕たちの付き合いは長くなっていた。彼女が今、どんな顔をしているのかも、本当は結婚を望んでいないことも、わかっているのだ。わかっているのに、どうすることも出来ない。僕にも、彼女にも、事情があって、それは互いの身勝手な感情だけでどうにか出来るものではなかった。お互いもういい歳をした大人だ。どんなことも、責任を負うのは自分自身だ。彼女も、それは十分にわかっている。
「そうしたら僕が貰ってやる」