遅いなと思いながら、至から届いたLIMEを見返す。「今日そっち行っていい?」の文字の横には21:18の数字。そのあとすぐに返事をして、それにすぐ既読がついて、そこから何の音沙汰も無い。そっち行っていい?と聞いた数分前にきっと仕事は終わっていて、だから連絡を寄越してきたのだろう。時計の針はもうすぐ10を指すところだ。きっとご飯を食べずに来るだろうからと作っておいたものを冷蔵庫に仕舞おうとしたところで、インターホンが鳴った。ラップをかけようとしていた手を止めて、慌てて玄関へ向かう。

「ごめん。遅くなった」

そう言った至の服は少し乱れていて、息も上がっている。走ってきたのだろうか。珍しいなと思い見ていると「入っていい?」と聞かれ、我に返り「どうぞ」と返した。来客用のスリッパに足を通した至は歩きながらゲームを始める。もう慣れたことなので今更注意はしない。

「お疲れさま。ご飯食べる?」
「うん。なに、作ってくれたの?」
「食べてこないだろうと思って。あ、もしかして何か食べてきた?それで遅かったの?」

それまで素早く動いていた手がぴたりと止まって、至はスマホから顔を上げた。今にも泣きそうな顔をしている。こんな顔の至、久しぶりに見た。何かまずいこと言ったかなと内心焦る私に、至が口を開く。

「今日……すごく疲れた……」
「え、うん。お疲れさま」
「帰ろうとしたら先輩に仕事頼まれて、その先輩がさ、多分っていうかほぼ確信してるけど俺のこと良く思ってない先輩で何かと嫌味を言ってくる人でさ、今日もその仕事引き受けようとしたら後輩の女の子が手伝いますよって言ってくれて、それはいいんだけど、その後輩、先輩のお気に入りでさ、あーこれは面倒なことになるなって思って俺一人で片づけるから大丈夫ってやんわりと断ったんだけど手伝いますの一点張りで、もう遅いから帰りなって何とか説得して帰したんだけど、その間に一枚でも二枚でも書類終わらせられたし、その後先輩はこれだから顔が良いやつはそれだけで手伝って貰えるんだから良いよな、とか俺はお前くらいの歳の頃から全部一人で対応してたとか、そんな話ばっかでそれも何とか受け流したんだけどお前のその話聞いてる間に終わらせられるっつーのって思って、先輩は言いたいこと言いたいだけ言ったらすぐ帰るし、ただでさえ残業してんのに何で更に仕事増やされなきゃいけないんだよって思いながら何とか終わらせて、俺、今日、すごく頑張った」

一通り吐き出した至は「だから、甘やかして」と私を見つめる。いつもきっちりとスーツを着て、外行の顔を作っている至のこういう顔を見るのは新鮮だ。

「そっか。至はすっごく頑張ったんだね。えらい!」
「うん。……俺、別に顔が良いから手伝って貰えるとか、そんなこと、思ってないし」
「大丈夫、わかってるよ。その先輩は嫉妬してるだけだよ」
「いつもなら、そういう、嫉妬もいつものことだって、気にしないけど、今日はなんか妙に引っ掛かって。そんな自分にも腹が立って」
「そっか。至は今日すごく頑張ったから、疲れちゃったんだよ。疲れてるときは何かと気になっちゃうものだもん。お腹空いてるでしょ?まずはごはん食べよ」
「……うん。はご飯食べた?」
「ううん。一緒に食べようと思って、まだ」
「そっか」

安心したように、まるで迷子の子犬が帰る家を見つけたかのようにホッとした至を見て、かわいいなと思う。なんか、今日の至、すごくかわいい。にやけそうになるのを何とか堪えて、冷めてしまった料理を温める。

「ねぇ、
「なに?」
「ご飯、食べたら一緒にお風呂……」
「っふふ、ふ」
「何で笑うかな」
「ごめん、だって、至かわいくて。お風呂ね、一緒に入ろっか」
「うん」

いつもなら「全自動俺を風呂に入れてくれる機になって」とかふざけて言ってくるくせに、こちらを窺うように言ってくるものだから、何だかおかしくて笑ってしまった。こういうときは、もっと素直に甘えてくれていいのに。

それからご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、髪を乾かして、とにかく甘やかした。いつもなら「自分でやって」と言うけど、今日は特別。至の髪は相変わらずふわふわでサラサラでちょっと妬ましいけど、今日は許す。「甘やかしてくれたお礼」と私の髪を乾かしてくれた。人にやってもらうと、気持ちい良いんだな。お互いの髪を乾かしたところで、ベッドに潜る。いつもならベッドに入ったらすぐスマホを触るのに今日はちょっと見ただけでサイドテーブルに置くものだから「ゲームしないの?」と聞く。どんなに疲れていてもゲームはするのに、よほど疲れたのだろうか。

「今日はいいや。イベ期間でもないし」
「そう。じゃあ電気消すよ」
「うん。あ、ねぇ」
「なに?」
「抱きしめていい?」
「至、今日は随分とお伺いを立てるんだね。いつも何も言わずにぎゅーってしてくるのに」
「だめ?」
「ううん。いいよ」
「……今日、ワガママ聞いてくれて、ありがと」

やっぱり相当疲れていたんだろうな。いつもより抱きしめる力が強い。至のかわいいところが見られるのも、こうやって抱きしめて貰えるのも、一番近くであたたかさを感じられるのも、甘やかせるのも、傍に居る人間の特権かな、と思えばワガママを聞くくらい、どうってことないのに。顔は見えなくても、至はきっと今不安な顔をしているのだろう。そういうことが、わかってしまうくらいの付き合いなのだから、今更遠慮もしなくて良いのに。そう言うと調子にのりそうだから言わないけど。

「いーえ。どういたしまして。今日もお疲れさま、至」
もね。おやすみ」
「おやすみ、かわいい至」


Night night.


お題箱「茅ヶ崎至を甘やかしたいです」