「生命維持装置?」

ソレが?と太宰は訝し気に、少女の手に収まる自鳴琴を覗いた。自鳴琴には百合が描かれていた。少女を此処へ連れて来た国木田は「異能特務課の人間はそう云っていた」と何処か投げやりに返す。おや、と太宰。「随分不機嫌じゃあないか。眉間の皺がいつもより深いよ」と笑う。「いつも眉間の皺の原因を作るお前が何を云うか」と国木田。それから溜め息。今日だけで十を超えた。

「それで、コレが生命維持装置って如何いうことなんだい」
「俺にもよく判らん」
「君、特務課で説明を受けたんじゃあないの」
「音楽が止まったら少女の命も終わる、聞いたのはそれだけだ」
「それは随分と不親切な説明だねぇ」
「全くだ……。あぁ、それと、太宰には一切触れさせるな、と云っていたな」

思考を巡らせていた太宰は、その言葉を聞き、パズルのピースが嵌ったかのように一人納得した。「ふぅん、成る程。そういうこと」と少女を見る。少女もまた、太宰を見つめていた。「君、名前は?」「」「ちゃん。何歳?」「十六」「好きな食べ物は?」「西洋菓子」「じゃあ嫌いなもの」「花」「何の花?」「百合」、問答が続く。暫くそうやってとお喋りをした太宰は、真面目な声色で国木田を呼んだ。珍しく真剣な太宰に、何か重大なことでも判ったのか、と固唾をのんだ国木田。

「確認だけれど、この子をウチで預かるよう、特務課から依頼されたのだよね」
「そうだが。何だ、何か判ったのか」
「判ったよ」
「何だ」
「それは……」
「それは?」
「お仕事だから十六の女の子とデェトしても合法ってことさ!」


***


びゅうびゅうと吹く風がの髪を揺らす。自鳴琴を抱えたは、「ついておいで」と太宰に云われるがままに太宰の後を追っていた。暫く歩いて辿り着いたのは、植物園だった。「丁度百合が見頃なのだよ」と二人分の入園券を購入し乍ら太宰は云った。そのまま受付に進み「大人二人」と係に券を手渡す太宰を見て、はなんて意地悪な人だろう、と思う。

(私は百合が嫌いだと云ったのに!)

園内は広く、見頃だと云っていた百合を視界に入れる迄数十分が掛かった。それ迄どの植物も通りすがるだけだったのに、急に足を止めた太宰に倣って、も足を止めた。目の前には、百合の花。真っ白な、穢れを知らない、花たち。

ちゃんは如何して百合が嫌いなの」

こんなに真っ白で美しいのに、と百合に目を遣り乍ら太宰は訊いた。

「……百合の下には、死体が埋まっているから」
「死体?」
「百合は、深く、深く土を掘って育てるのだと、だからその下には死体があるのだと、母が教えてくれたことがありました」
「へぇ、お母様が」
「はい」
「それが真実なら、死人の血を吸って、真っ赤に染まるとは思わないかい?」
「思いません」
「如何して?」
「百合は、神様のものだから」
「ふぅん、成る程」

太宰は呟いた。それからの手に収まる自鳴琴を指し乍ら「それは、誰かに貰ったの?」。「母に」がか細い声で云った。「そう。お母様に」。自鳴琴に描かれた百合を見て、太宰は思案する。百合、母、神様、死体、数分考えた太宰は、最後のピースを嵌めるべくに問う。

「お母様のお仕事って、何だい」

は躊躇って、開きかけた口を閉じた。数分悩んだ末に、意を決したかのように、言葉を紡ぐ。「特務課で、働いていました」。それを聞いた太宰は「矢っ張り」と。そうして、そっとの手に収まる自鳴琴に触れた。が「駄目!」と声を荒げるも、太宰は気にしない。「何を信仰するかは君の自由だから、私がとやかく云うことでは無いけれどね、」何処か遠くに聞こえる太宰の声。

「何時までも死人に囚われていてはいけないよ」

自鳴琴の音が止み、の手には真っ白な百合が一輪、握られていた。


***


の手を引いて探偵社に戻って来た太宰に、国木田は絶句した。わなわなと震え「太宰!貴様!」と声を荒げたが、はたと気付き、に「自鳴琴は如何した?」と訊いた。は俯いた侭、何も云わない。国木田の頭は混乱していた。太宰がに触れている、自鳴琴は無い、音もしない。音楽が止まったら、の命も終わるのでは無かったのか、と。ぐるぐると回る頭を押さえた国木田は、太宰に「説明しろ」と一言。太宰は愉快そうに「今日一番の眉間の皺だぁ」とけらけら笑った。

「説明、の前に国木田くんはあの自鳴琴が何か知っているかい?」
「はっきりとは聞いていないが、異能力で作られたものだと考えている。太宰が触れたら無効化されて、その娘の命が終わるから、触れるなと云ったのでは無いのか」
「異能力で作られたって云うのは正解。でもその後は不正解、逆だよ」
「逆?」
「私に触れられたら、嘘がバレるから、触るなと云ったんだ。音楽が止んでも、ちゃんの命は終わらない」

そうだろう、と俯いたの顔を覗き込んだ太宰と目を合わせたは「……はい」と。「何故そんな嘘を吐く必要がある」と国木田もを見る。きゅっと口を結んだの目から、大粒の涙が溢れ出した。「あー国木田くんが泣かせたあ」と声を上げる太宰に「そんな心算は!」と慌てる国木田。の涙は止まらない。ぼろぼろと溢れ、頬を伝い、床を濡らす。太宰はと向かい合い、視線を合わせ、の両手を握った。「あの自鳴琴がお母様との最期の思い出だったのだろう」。は、涙が溢れたまま、その場を飛び出した。


***


母が死んだ。
その連絡を受けたのは、数日前のことだった。連絡をくれたのは、母の職場であった異能特務課の人間。事故だった。花屋へ行った帰りに車に轢かれ、即死だったらしい。母の周りには、百合が散乱していたらしく、その中にあったのが、この自鳴琴だった。母が力尽きる寸前に、母の美しい異能力に拠って作られた、母の形見。母以外に身寄りの無い私に、探偵社を紹介したのも、特務課の人間だった。学も無ければ仕事もしていない私は、云われるがまま、探偵社に行くことを了承した。しかし向こうも慈善事業では無い。だから一度預けるという形で特務課が依頼をした。何故そうまでしてくれるのか、と訊けば、「君のお母さんは優秀でした。とても助けられたんですよ」、と連絡をくれた丸眼鏡をかけた男の人は、泣きそうな顔で笑った。
探偵社に異能無効化の異能力を持つ人間が居る、と聞いたのはそのすぐ後だった。だから私は咄嗟に「自鳴琴の音が止んだら、私の命も終わる、と云ってください」と頼んだ。触れられたくなかった。触れられたら、母の形見は無くなってしまう。


***


「やぁ、久し振り」

七月も半ばを過ぎ、茹だる様な暑い日のことだった。は植物園で、もうじき見頃が終わる、百合を眺めていた。そよ風がワンピィスを揺らす。風に吹かれたワンピィスを抑えたときだった。は聞き覚えのある声に、横を向いた。其処には二年振りに見る太宰の姿があった。一瞬知らない振りをしようかと思ったが、すぐに百合に目を戻し乍ら「お久し振りです」と無愛想に返す。太宰が「国木田くんがあの娘は今頃如何しているのかって気にしていたのだよ。だから会えて良かった」と肩をすくめた。は結局、探偵社へは入社しなかった。しかし特務課に入るわけでもなく、特務課の男に一言礼を述べた後に、姿を消した。そしてほんの数日前、ヨコハマに戻って来た。

「今年も綺麗に咲いているねぇ」

百合に顔を近づけ、太宰は云った。は「百合は、神様のものですから」と太宰を見ずに云う。太宰もまた百合を見乍ら、二年前のあの日を、を此処へ連れて来た日のことを、思い出していた。「ちゃんの神様は、お母様だったのだろう」、が思わず太宰を見る。一瞬、顔を歪めたは、すぐに太宰から目を外し「母は、」ぽつり、ぽつりと話し出した。

***


母は偉大でした。勤勉で、好奇心が旺盛で、努力家な母だったのです。母は美しい異能力を持っていました。それが、百合の花を別のものに変える能力。或るときは手巾、また或るときは万年筆、一度見たことのあるもので食物以外なら、何でも。そしてそのどれもに、百合が描かれました。私は母の異能力が大好きで、母が育てた百合を摘んでは、アレに変えて、コレに変えて、と強請ったものです。けれど所詮は作り物。永遠では無い。百合が枯れる頃、母が変えた様々なものたちも、枯れた百合と為っていきました。私がそれを悲しんでいると、母はよく云ったのです。

ソロモンの栄華も百合に如かずよ、と。


***


ジリジリと太陽に照らされたの顔に、汗がひとつ。「涼しい処へ行こうか」と差し出された太宰の手に、自身の手を重ねようとして一度躊躇い、引き、もう一度そっと手を出し、重ねた。触れるだけのその手を太宰は握り、を日陰のベンチへと連れて行った。紳士的に手巾を敷いた太宰は「どうぞ、お姫様」と恭しくを座らせた。隣に座った太宰が「ところで」との横顔を見る。

「知ってる?探偵社から少し離れた所に、花屋が出来たんだ」
「花屋……」
「そう、とても可愛らしい内装のね。先日前を通ったのだけど、お店の人は居なくてねぇ」

訊きたいことがあったのだけど、とから目を外して話した。遠くに百合では無い花たちが見える。は足元を見乍ら「……訊きたいことって、何ですか」と問うた。太宰は微笑んで、少しだけに近付き、の顔を覗き込んだ。「お薦めのお花は?」、その言葉は優しく吹いた風にのって、の鼓膜を揺らした。は顔を上げて、汗で額に張り付いた前髪を避け乍ら、「百合」。太宰を見て花が咲いたように笑う。

「百合が、ウチの自慢なんです」


ソロモンの栄華もユリに如かず