彼女について聞きたいと言うから応じたけれど、君は……記者?あぁ、よく未解決事件を書いてるあの雑誌か。俺が彼女について知っていることは少ない。それは彼女の足が不自由であること、彼女の仕事の内容、そして、彼女は温室で生まれたこと。それでも良ければ話すが、どうして今あの事件を?不可解な点は無いと思うけどな。あの屋敷、というよりは彼女について知りたい?そう。まぁ構わないけど、一つ、約束してくれるかい。俺が話したことは一切口外しないと。勿論記事にするのも駄目だ。それでも良ければ答えよう。

良いだろう。一つずつ話そう。

まず彼女の足が不自由であることについてだけど、あれは纏足だ。纏足、知ってる?昔中国にあった風習のひとつだよ。女児の足を布で縛って、成長しても小さい足になるようにすることさ。小さな足の女性は男性の目に魅力的に映ったというが、彼女の場合は一人で歩くのを困難にするため、車椅子での生活を強要させるためだ。何のためにって、彼女が逃げ出さないように。それが彼女の仕事の内容に繋がるのだけど、その前にあの屋敷について少し話そう。
屋敷に入るには規則がある。一つ、時計や携帯等の時間の解るものは預けること。二つ、彼女に時間や日付を教えてはいけない。三つ、彼女を屋敷から許可なく連れ出してはいけない。変な屋敷?そうだな。普通はそう思うだろう。俺も、僕もそう思ってた。でも彼女に会えるなら何だって良かった。彼女はいつも裏庭の温室に居てね、薔薇に包まれていたよ。薔薇は品種改良を重ねたもので、その美しさはそこでしか買えないと評判だった。屋敷の中に礼拝堂があったのは、知っているだろう。そこに来た人たちに薔薇を手渡すのが彼女の仕事。

コーポ―レーション、違法薬物所持で代表取締役を逮捕。新聞にそんな見出しが載ってから、もう随分と経つね。
薔薇の栄養剤として渡していたものが違法な薬、というのも新聞に載っていたから君も知っているだろう。薔薇を活けた花瓶の水にその薬を混ぜると、薔薇の香りが一層強くなり、その香りが人を快楽へ導くというものだ。麻薬や覚醒剤等、一般的に知られている違法薬物とは違い、直接体内に入れる訳では無い事や、薔薇は七本で五百円というその辺の花屋で買うのと変わらない値段な事から、違法な薬だと気付かない人間が多かった。彼女は勿論、そんなこと知らない。ただ彼女の運命は生まれたときから決まっていて、言われた通りに人々に笑顔で薔薇を差し出すだけ。誰が最初にそう言い始めたのかは知らないが、彼女は「神様」だった。薔薇の神様、と言っている人も居たかな。俺は最初、温室で生まれた、と言ったけれど少し違う。温室が生んだと言ったほうが正しいのかもしれない。彼女は、温室が生んだ神様だったんだ。

どうして俺があの屋敷に出入りしていたか?さっき言っただろう。俺も僕も彼女に会えれば良かったって。彼女が好きなんだ。もうずっと昔から。初めてあの屋敷に招かれたのは幼少の頃だった。彼女の「話し相手」として選ばれたんだ。当時はあの屋敷が薬物を所持しているなんて知らなかったし、コーポレーションは大きい会社だから、繋がりを持てるのは赤司家としても願ったり叶ったりだったという訳さ。向こうもこちらと繋がりを持ちたかったのだろう。それに彼女を利用した。

俺の話は終わりだ。他に話せることは無いよ。

彼女が今どうしているか?そんなこと知ってどうするんだい。……まぁいいか。彼女は本当に何も知らなかった、故に罪にも問われなかった。むしろ纏足や軟禁等の虐待の被害者だ。彼女には父親以外に身寄りも無いし、その父親は刑務所だしね。母親が居ないんだよ。彼女が生まれてすぐに亡くなったそうだよ。だから施設に入ることになった。世間にはそう報道されている。あぁ、もうこんな時間だね。悪いが、そろそろお引き取り願おうかな。もうすぐ彼女の起きる時間なんだ。そうだよ。彼女はここに居る。一度は施設に行くことになったんだけど、僕が煩くってね。面倒を見ることにしたんだ。俺も僕も彼女が好きだから、一緒に暮らせるなら幸せだしね。僕?僕は僕だよ。僕はとにかく煩いんだ。彼女は駅前のパティスリーのショートケーキが好きだからそれを買って来いだとか、黒より白が似合うから白いワンピースを着せろとか。
話し過ぎてしまったね。外まで送ろう。さて、君、最初に俺が言ったことは覚えているね。ここで聞いたことは一切口外しないこと。僕は怒らせたら面倒だからね。俺としても彼女の話が外に出るのは避けたいし。そうだ、最後にひとつ。

薔薇の棘には気を付けて。

失墜の楽園
(リクエスト企画 / 赤司くんで暗い話)