バレンタインデーというのは非常に厄介な行事である。
製菓会社がこぞって売り上げを伸ばそうと力を入れ、大型商業施設では催事が開かれ、凡ゆる会社の様々な商品が並べられている、二月十四日の恒例行事。
制服を着た学生、男女問わず。私服の大人、こちらは女性のほうが少しばかり多い気がする。友人同士ではしゃぎ乍ら、難しい顔をし乍ら。いろんな人が、いろんな表情で猪口冷糖を選んでいる。
この催事のために派遣されたであろう店員が、この催事のために設けられたであろう仮設レジに姿勢良く立ち周囲を眺めている。バレンタインが終わっても商品が余ったら店員さんはそれを貰えたりするのだろうか、などと考えながら、商品に目を向ける。
五段ある棚の一番上のガラスケースの中に箱の中身が綺麗に並べられ、傍に商品説明の札が添えられている。二段目から一番下までは商品毎に重ねられた箱の山。山がどれほど高いかで、どの商品が人気なのかすぐ判る。山が低ければ、もしくはもうそこに山が無ければ、それは凡ゆる人が購っていった、ということ。つまり、他人と同じものを渡してしまう可能性がある。故に、山が低いものは購わない。他人と同じなら、私である必要は無くなってしまうから。
「おや、
ちゃんじゃあないか」
「奇遇だねぇ」などと左隣から声がしたけれどこれは無視。次いで「何してんだ、こんなとこで」と聞こえた声に肩肘が強張る。ブリキの玩具の如く首を動かせば、予想通り太宰と中也が並んでいた。
「中也、今日仕事だって」
「云ってなかったっけ」と私の言葉が尻窄みになっていくのは仕方のないことだ。今の今まで、否、現在進行形で中也に贈る猪口冷糖を選んでいるのだから。しかしそれを本人に悟られたくはない。何故なら、中也に想いを寄せる女は少なくないからだ。その他大勢と一緒になるつもりは毛頭ないけれど、ないからこそ、今、中也に中也の為の品を選んでいるのだと知られるわけにはいかない。最高のシチュエーションで、最高の品を渡す。それがバレンタインデーの私の任務である。全くもって、バレンタインデーというのは厄介な行事だ。
「つい先刻終えたのだよ。このワンちゃんときたら開始早々にしくじってくれてね、予定より時間が掛かってしまったよ」
「あ? 誰が犬だ。あれは手前がさっさと作戦を云わねぇからだろ。俺の所為じゃねぇ」
「大体、中也はいつも目立ち過ぎなのだよ。最初に君が見つからなければもっと早く仕事は終えられたし、
ちゃんと私がデェトする時間だってたっぷりあったというのに」
「あ?
、こんな性悪糞野郎とそんな約束してたのか」
こいつ正気か、と云わんばかりの顔で中也が私を見る。私はぶんぶんと首を横に振った。
「そんな約束してない。仕事が終わったなら帰ればいいのに」
「
ちゃんが私の為に猪口冷糖を選んでくれている気配がしたのだよ」
「もうすぐバレンタインデーだものね」と当然のように猪口冷凍を貰えると思っている太宰に、溜め息を溢すしかなかった。「あっちの棚に正方形の一口猪口冷糖の詰め合わせがあったわ。一箱五百円」と教えてあげた。
「ええ、
ちゃんから欲しいよぅ」
「そのぶりっ子可愛くないから止めてくれる。そういえば、織田さんがカレーの隠し味に合う猪口冷糖を探してたわよ」
「何だって?! こうしちゃいられない! 私はそのカレーに合う猪口冷糖というのを探してくるよ。犬の散歩は
ちゃんに任せた!」
「だから俺は犬じゃねぇ!」
嬉々として商品棚を物色し始めた太宰にそう叫んだ中也は、私に目を戻すと「で、
は誰かにやんのか?」と。目の前のあなたです、と云える筈もなく「……中也には関係ないでしょ」と中也の視線から逃げるように、猪口冷糖が並べられた棚へ目を向ける。
「俺はそっちのよりこっちのほうが好みだな」
同じ棚に目を向けた中也が、三段目にあるそっちより、二段目のこっちのほうが好みだと指を指す。
「そうなの? あっ、別に、中也にあげるなんて一言も云ってない!」
「はいはい。あーあれも美味そうだな。あれがいいな」
「だから違うってば!」
あれ、と隣の棚を指した中也は私を見て意地悪く微笑んだ。
中也に見つめられるのが苦手だった。息が詰まって、脈が早くなって、いつか眼差しで殺されてしまうのだとこわくなる。けれど同時に、嬉しくもあった。中也の目の中が私で一杯になる。それがどうしようもなく私を喜ばせる。その他大勢とは一緒になりたくない。中也が眼差しを向ける先にいるのは、いつだって、私がいい。
「わーってるよ。けど、俺にくれるってンなら、お返しは期待していいぞ」
本当に、バレンタインデーというのは非常に厄介な行事である。
(酩酊するショコラ・パルス)
title by オーロラ片