フィガロには人形の良さがわからない。
「薔薇の人形」はその名の通り、薔薇のように美しい人形だった。普通の人形と違うのは西の魔女が作っていて、人形の胸元に咲く白い薔薇に持ち主の血を一滴垂らすと、人形が意思を持って動き出すことだ。白い薔薇が赤く染まったときだけ、人形は瞬きをして自らの意思で動く。それが魔法使いの間でも人間の間でも人気で、各国でブームだった。
人形を作っている西の魔女、
は北の国の生まれだ。西の国に移住したのは人形の製作にはそちらのほうが何かと都合が良かったし、西の者たちは新しいものや楽しいものが好きだから商売も北より捗るだろうと考えてのことだった。当初の目論見通り西の人々に人形は面白くて楽しいものになったし、そこから各国に広がったから、
は移住を後悔したことは一度もなかった。
「それで、人形師の
先生はなんでそんなに眉間に皺を寄せてるわけ?」
可愛い顔が台無しだよ、と
の向かいのソファに腰掛けたフィガロが言う。
「だって、フィガロ様ったら急に訪ねてくるから」
「俺が訪ねて来たらまずいことでもあるの?」
「いえ、そうじゃなくて。最近全然外に出てないから、お茶の用意も出来なくて……」
フィガロは気にしなくていいと返したけれど、
は未だ険しい表情を浮かべたまま。
に厳しい北の国で生きていく術を、魔法を教えたのはフィガロだった。まだ
が幼い頃、
の髪を梳かしながら髪の一本も、爪の欠片も、血の一滴も絶対に他人に渡してはいけないと教えたのもフィガロだ。
はやくに両親を亡くした
に手を差し伸べたのはフィガロの意志だったが、フィガロにとってそれは退屈凌ぎの一環に過ぎなかった。けれど素直で純心な
を次第にフィガロは気に入り、フィガロの手元を離れた今でもこうして顔を見にくるくらいには、
を好いていた。
が人形師として名を広げているのを喜ばしく思っていたのだ。だから今日も祝いの言葉を用意して、出会い頭に伝えた。フィガロに人形の良さはわからないけれど。
「働きすぎじゃない? 隈が出来てるよ」
「有難いことに注文が多くて。でも今日明日でひと段落つきそうなんですよ」
「そう。ならいいけど。みんな
が作る人形が好きなんだね」
「魔法をかけてあるのが面白いみたいですね」
「俺が教えた魔法?」
「そうですよ。わかるでしょう」
薔薇を赤く染めると人形は意思を持って動き出す。意思を持つというのは、心を持つことだ。フィガロは精神操作魔法が得意だから、フィガロから教えられたそれは
も得意だった。
意思を持つとはいえ、持ち主の深層心理を大きく反映する。それが人気の理由のひとつでもあった。例えば、普段表には出さないけれど誰かに甘えたい願望があれば、人形は持ち主の代わりに誰かに甘えるような動作をするし、例えば、泣きたいけれど泣けない持ち主の代わりに涙を流す。心の奥底に仕舞って、自らの力では出力出来ないそういう心を、人形たちは代わりに宿す。
の作る人形は、心そのものなのだ。
「……俺にもその人形を扱えたらわかるんだけどねぇ」
フィガロのそれは
を責めたり咎めたりする言葉ではなくて、不意に出た一人言のようだった。
はフィガロの言葉に、悲しそうな顔をする。何て言葉を返したら良いのかわからないから。
はたった一体だけ、不良品を作ったことがある。生まれて初めて作った人形がそうだ。彼女は初めて作ったそれを、フィガロへ贈った。人形の胸に咲いた白薔薇に、持ち主の血を一滴。フィガロは白薔薇に一滴だけ血を垂らした。けれど薔薇は白いまま、赤く染まることはなかった。フィガロには、人形の良さがわからない。
(白薔薇に嫌われる人)
title by 徒野