本当に心揺さぶられるものは案外少ない。
「お嬢ちゃん、こっちの指輪はどう? 安くしとくよ」と店主の声に、曖昧に笑って頷いた。どの指輪に価値があって、どの宝飾品なら似合うのか、自分ではわからなかった。
柔らかい日の光を眩しく思いながら、目的もなく街を歩く。どの店を見ても、欲しいものや気になるものは無かった。「今日の目玉品! あの天才学者ムルが発明した品だよ!」と声が聞こえるまでは。
声のした店へ近付けば人集りが出来ていた。人と人の間から顔を出して覗けば、小規模なオークションのようで、いろいろな物が出品されている。
「この過日鏡は五万から!」
店主の声に周りから「五万三千!」「五万五千!」と声が上がる。どうしようか悩んだけれど、すぐに「八万」とわたしも声を上げた。オークションで長考は敵だ。昔、ムルに教えて貰った。
一瞬周りが静かになって、わたし以上の金額を口にした者はいなかった。
ちゃんと動くだろうか。不安に思いながらも手近にあった髪飾りを入れた。
過日鏡はムルの発明した魔法科学装置のひとつで、記憶の残る物を入れて魔法をかけると、その物が見ていた記憶を壁に投影する。物に宿った記憶が見られるムルが考えそうな発明品だ。
ぎこちない音を上げながらも動き出したそれが、壁に映像を映し出す。
わたしと、もう亡くなってしまった両親が食事をしている。会話は無い。しばらくして、母親が食器を落として自分の口を押さえ込んだ。母の口から吐かれた血がテーブルを汚す。慌てて席を立って母のそばに寄った父も、やがて同じように血を吐いた。わたしはそれをただぼうっと眺めていた。
そばに控えた使用人の一人が、驚きを隠せない顔でわたしを見ている。わたしは食事に毒が盛られていたのを知っていた。それを両親に伝えたけれど、両親は聞く耳を持たなかった。両親は魔女であるわたしを嫌っていたし、魔女の娘より人間の使用人の言葉に耳を傾けた。その結果、金と権力を持っていた両親を滅ぼそうとした使用人に裏切られた。
わたしが魔女であることは、屋敷の使用人たちも知らない、両親が抱えていた最大の秘密だった。二人ともわたしをあまり外に出したがらなくて、外出が許されたのは月に数度だった。そのせいか、日の光に弱くて、今でもあまり外に出ることはない。
一人死なないわたしを見て、使用人の顔が青褪めていく。「化け物」と使用人の口が動いた。それから使用人はその場を飛び出して行った。
過日鏡が更にぎこちない音を上げると、映像が消えた。古い物だから壊れてしまったのだろうか。映像には続きがあるけれど、過日鏡を直してまで見る価値のあるものとは思えなかった。
捨ててしまおうかと考えて、他に見たい記憶があるのを思い出した。
ムルなら直せるだろうか。最後にムルに会ったのはもう随分と前だ。シャイロックから魂が砕けて以前のムルからだいぶ変わったと聞いてはいるけれど、変わったムルに会ったことはない。
魔法舎に行くか、シャイロックを訪ねるか悩んで、魔法舎に向かうことにした。シャイロックもムルも魔法舎で暮らしていると聞いたし、そうするほうが手っ取り早いだろう。明日になったら向かおうと、過日鏡をしまった。