翌日は日の光が強く、空を飛ぶより馬車で行くほうが身体に負担が少ないだろうと馬車で魔法舎へ向かった。
魔法舎に着けば何人かの魔法使いたちが箒で空を飛び回っていた。その中にムルを見つけて、最後に会ったときよりも随分と違う印象に、声をかけるか悩む。
「? じゃありませんか」
そばで飛び回る魔法使いたちを見ていたシャイロックが「お久しぶりですね」とわたしに気付いてこちらに駆け寄った。
「久しぶり。ねえ、あれムル?」
「ええ。ムルですよ」
「ムルにお願いしたいことがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
「どうでしょう。あなたの可愛らしいおねだりなら、私は聞いてしまいたくなりますが、ムルの興味を惹けるかはわかりませんねぇ」
「お伺いしても?」とシャイロックが微笑む。わたしは魔法で過日鏡を出して「これ、直して欲しいの」とシャイロックにそれを差し出した。
シャイロックが魔法科学をよく思っていないのは知っているけれど、今回ばかりは仕方ない。わたしはわたしのために、この過日鏡が必要だから。
シャイロックはほんの数秒それを見つめて、わたしに目を戻すと優しく笑った。「ムルに聞いてみましょうか」と柔らかい声に、無意識に張っていた緊張の糸が切れる。
「ムル、こちらへいらっしゃい」
「何? シャイロック。もいる! こんにちは、」
「こんにちは、ムル」
「おや、ムル。を憶えておいでですか?」
「うん! はシャイロックが好き!」
「俺もシャイロック好きだよ。おそろいだね!」とムルが笑う。変わったとは聞いたけど、本当に以前のムルからは随分と変わっている。
「ムル、これを直してほしいとからの依頼ですよ」
「依頼? 俺に? じゃあ報酬がなくちゃ!」
報酬と言われて、わたしは考える。ムルが喜ぶものを何か持っているだろうか。以前のムルは宝石が好きだったけれど、今もそうだろうか。悩んで、今日着けている指輪を外して「これは?」と差し出した。青い宝石の輝く指輪だった。
ムルは「うーん……」と険しい顔でそれを見つめた後、「いいよ!」と笑顔になった。
過日鏡を少し触ったムルは、このくらいならすぐに直せるからと魔法舎の中へ入っていった。「ムルが直している間、お茶にしましょう」とシャイロックに誘われ、わたしたちも魔法舎の中へ向かう。
「、最近眠れていないのでしょう?」
シャイロックの部屋に通されて、数々の酒瓶を眺めていれば、そんなことを訊かれる。嘘を吐く必要もメリットもないし、
「うん。寝付きが悪くて」と紅茶を淹れるシャイロックの手元に視線をずらした。
「あまり良い夢も見ないの」
「おや、あの魔法はどうしたのです?」
「……もう数百年前の血だからか、最近はあまり効果がなくて」
「どうぞ」と目の前にカップが置かれる。それに礼を言ってから「血の質そのものに変化はないみたいだけど……」と続ければ、シャイロックは不思議そうに首を傾げた。
「質が変わらないのなら、効果もあるのでは?」
それに何て返そうか悩んで、一度紅茶に口をつけた。温かくて優しい味が広がる。
「その辺りはわたしにもわからなくて……」
どうして効果がないのか本当はわかっているけれど、シャイロックには知られたくなくて言葉を濁した。
魔法使いは心で魔法を使う。これは、わたしの心の問題だった。
「でも、もうシャイロックの血は貰えないし、だから、少しだけシャイロックのシュガーをくれる?」
呪文を唱えて小瓶を出せば、シャイロックは「ええ。勿論」と快く応じてくれた。小瓶を両手で包んだシャイロックが「インヴィーベル」と唱える。瓶がシュガーでいっぱいになったのを見て、シャイロックに「ありがとう。ナイトキャップティーに入れるね」と言えば、シャイロックは優しく口を開いた。
「あなたに可愛らしくおねだりされると、何でも聞いて差し上げたくなります」