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北の国の夜はしんとしていて、時々狼が鳴いている。はその鳴き声を遠くに聞きながらフィガロの帰りを待っていた。
フィガロは朝から出掛けていてまだ帰ってきていない。とうに日付は変わっていて、おおきな月が顔を出していた。
は落ち着かなくて、部屋の中を行ったり来たりしていた。今までだってフィガロが夜に出掛けていくことはあった。けれどこんなに帰りが遅いのは初めてだ。何かあったのではないかと不安になるけれど、はフィガロへ連絡する手段を持っていないし、家から出て行き違いになったらと思うと待っていることしか出来なかった。
一度落ち着こう、とがソファに掛けようとしたときだ。扉の開く音に、フィガロが帰って来たのだとは玄関へ向かった。

「……フィガロ様?」

フィガロは血だらけだった。それは全部返り血だったけれど、にはそんなことわからない。血の匂いが玄関に充満していて、は顔を顰めながらもフィガロのそばに駆け寄った。
フィガロは度々今みたいに血だらけになって帰ってくることがあった。はその度に何があったのかと聞きたくなったけれど、フィガロの目がいつも何も聞くなと言う色をしていて、結局何も聞けずにいる。

「まだ起きてたの」

「もう寝てると思った」と笑みを浮かべるフィガロを、は恐ろしく感じて、震える声で「血が……」とフィガロの頬に付いた血を拭った。フィガロはその手をそっと剥がすと、声も指先も震えているに「全部返り血だから、俺のじゃないよ」とを見下ろした。

「ねえ、
「はい」
「俺のこと、好き?」
「好きですよ」
「俺がどんなに悪い魔法使いでも?」
「……私にとっては、フィガロ様は良い魔法使いですよ」

はまだ震えている声でそう言いながら微笑んだ。掴んでいたの手を引いたフィガロは、そのままを抱きしめる。フィガロに抱きしめられるのは初めてではないし、血の匂いが混じったそれも、もう数え切れないくらいになっていた。

「ポッシデオ」

の額に手を翳したフィガロが呪文を唱える。が意識を失ったのを確認したフィガロは、その身体を抱えて寝室へ向かった。
初めてフィガロがを運んだときに比べて、は随分と重くなった。その重さが、二人で過ごして来た年月を物語っていて、その年月がフィガロがを手離せない証拠だった。