は自分の両親について何も知らない。顔も、声も、頭を撫でてくれる手ですらも。の記憶に残る前に、の父がを森の奥に捨てたから。が知る限りでは、の記憶には両親について何も残っていない。けれど記憶は脳に刻みつけられる。ならばの脳は憶えているのではないか、と思い至ったは、一人でスノウとホワイトの元へ行くことにした。幸いにも今日フィガロは出掛けていて、フィガロにはあまり知られたくないから、今日が好機だった。
「なるほど、それで我らにの記憶を覗いてほしいと?」
「はい。出来ませんか……?」
「出来ぬこともないが……、に負担がかかるからのう……」
ううんと唸るホワイトに、はそれでも良いと言おうとしたとき、スノウが「そなたにとっては辛い記憶かもしれぬぞ」と神妙な面持ちで言う。
記憶を覗くことは出来る。スノウとホワイトほどの魔法使いならそう難しくない。けれどには負担がかかるし、負担をかけてまで記憶を覗かなくても良いのではないか、その記憶が辛いものだったとしたら尚更。スノウとホワイトはそれを心配していた。けれどの意思は固く「それでも良いんです」と膝上に置いた拳を握った。
「そんなに両親のことが知りたいんじゃな」
スノウがそう言うと、は気恥ずかしそうに「それもありますけど……」とスノウを一瞬見てすぐに逸らした。「けど? なんじゃ、なんじゃ」と今度はホワイトがどこか楽しそうに言う。
「……私、フィガロ様のことが……私を拾ったときのフィガロ様のことが、知りたいんです」
「両親のことがわかれば、それもわかるかなって」と続けたを見た二人は、二つ返事で了承した。
「「フィガロちゃんってば愛されてる〜!」」
キャッキャと楽しそうな二人の声が響いた。
***
ひどい吹雪だった。木々たちはざわめき、揺れ、積もった雪が落下していく。その中を、一人の男が幼子を抱えて歩いている。男はこの辺りで一番存在感のある大樹を見つけると、そこに幼子を下ろした。幼子は「おとうさん……?」と目を擦りながら寝ぼけ眼で言う。
「、少しの間ここで待っていてくれるかい?」
そうっとの頬を撫でた男に、幼子は頷いた。それを見た男は「ごめんな……キャシーがあんなことにならなければ……ごめんな……」と幼子を抱きしめると、その場を去っていった。幼子は目を閉じて、いつまでもいつまでも、父親が戻ってくるのを待っていたけれど、男が戻ってくることはなかった。
雪の積もった大樹のそばに横たわったを、フィガロが見下ろしていた。
浅い呼吸を繰り返し、身体の至るところが凍傷を起こしている。白い肌は真っ赤に染まり、涙を流したのか睫毛が凍っていた。フィガロが呪文を唱えると、の身体が光っていく。の腹部あたりから魔法陣が浮かび上がった。それはフィガロのものではなくて、にかけられた加護のまじないを表すものだった。
「……キャシーの気配だ……」
魔法陣が輝きを失うとそれはやがて消えた。フィガロがもう一度呪文を唱えると、の身体は瞬く間に治っていく。それからフィガロはまるでずっと大切に仕舞っている宝物を見るかのような顔でを見つめた。
「なんと! はキャシーの子じゃったのか」
驚いた声をあげたのはスノウだった。次いで「何の因果かのう……」と呟いたのはホワイト。それまで目を閉じていたは、そうっと目を開くと困惑した顔で二人を見る。二人が覗いた記憶を無論も見ていた。記憶の中の男に見覚えがあった。先日訪ねてきた男だ。あの人は父親だったのかと驚いたけれど、それ以上には、キャシーと呼ばれた恐らくの母であろう人物をフィガロもスノウもホワイトも知っているかのように話すのが気になった。
「あの……キャシーって……」
「北の魔女、キャシー。我らも何度か面識がある」
「、そなたの母親じゃよ」
「おかあさん……」
まだどこか困惑の色を浮かべるに、ホワイトが説明する。フィガロが呪文を唱えたときに浮かんだ魔法陣はキャシーのもので、に加護の魔法をかけたのだろうと。が他の魔法使いから魔法をかけられたらそれが浮かぶようになっていたらしい。キャシーは奔放で、元気な魔女だった。キャシーが暮らす村でキャシーは人間と共に生きていた。人間と協力して助け合い、良い関係を築いていたのだ。そこでの父となる男と惹かれ合い結婚し、が生まれた。が一歳になった頃フィガロが村にやって来た。その際、今はもうフィガロも憶えていない程些細なことがきっかけでキャシーと言い合いになったのだ。フィガロは強い魔法使いだ。思い通りにならないとわかった途端、キャシーを石にした。
「……言ったじゃろう。辛い記憶かもしれぬと」
大粒の涙を溢すの頭を撫でながら、スノウが言った。