愛は理解だ。その人を知りたい、自分のことも知って欲しい、そうやって人々は愛し合う。
フィガロは誰かに理解されたことがなかった。強い力を持ち、ときには人々の幸せの為に、ときには人々の不幸の為にその力を使ってきた。人はフィガロを信仰した。神様だ、と。我々を救ってくれる存在だと信じて疑わず崇め称えてきた。
信仰と理解は最も遠い位置にある。人々は神を崇拝するが理解はしない。どうして神になったのかなど考えない。最初から当たり前のように神様だから。フィガロもそうだった。生まれたときから神様で、信仰はされど、理解されたことはなかった。だから知らないしわからない。がフィガロに対して抱えているものが、純粋で何よりも真っ直ぐで綺麗な愛だと。
「が何で知らないふりをしてきたかわかったかの?」
日記に目を落としたまま動かないフィガロにホワイトが問う。
本当はもしかしたら、とフィガロは思っていたのだ。けれど確信が持てなかった。自分が知り得ないことを、そうだと決めつけるのは難しい。それに、もしもそうでなかったら、きっと深く傷ついてしまうだろう。だから正面から堂々と受け入れられない。
フィガロは日記を閉じると、シャイロックに「帰るよ、ごちそうさま」と言ってカウンターにお金を置いた。席を立ったフィガロにホワイトは「えー我の質問は無視?」と可愛らしく頬を膨らませた。それにスノウが「フィガロも日記を読んで気付いたじゃろう」と言う。フィガロは困ったような顔をで二人を見てからシャイロックに目を向ける。三人とも興味津々といった様子で、楽しげな顔でフィガロを見ていた。
フィガロは息を吐くと、観念したかのように言った。
「愛でしょう。は俺を愛してくれてる」
***
石にした魔法使いのことなどフィガロはいちいち憶えていない。けれどなぜだかキャシーの顔は頭に残っていた。北の魔女にしては珍しく人間と共存していたからだろうか。彼女が村の人々から慕われていたからだろうか。人間たちに、自分に向けられる信仰とは違う眼差しを向けられていたからだろうか。フィガロは羨ましかったのだ。自分と同じ魔法使いなのに、そうやって人間と共存出来ることが。
「……フィガロ様」
フィガロが家に帰ると、玄関前にが座っていた。泣き腫らしたのか真っ赤になった瞳は潤み、長い間そこにいたのか身体は震えていた。「」と驚きを隠せない声でフィガロはの名前を呼んだ。
「どうして戻ってきたの」
言ってから、すぐに気付く。には他に行く場所なんてないことを。が本来いるべき場所を奪ったのは他でもないフィガロ自身だ。だというのに、どこにでも行けばいいなどと口走ってしまった。愛想を尽かされたっておかしくないことを言ったのに。は戻ってきた。
は立ち上がるとフィガロのそばに寄った。真っ直ぐな目でフィガロを見る。
「フィガロ様を愛しているんです」
幼気な子供はもうそこにはいない。いるのは、一人の女性だ。真っ直ぐな目と言葉で惜しみなく、フィガロがずっと欲しかったものを、愛を与えてくれる。
フィガロはを抱きしめると、震える声で「本当に?」と囁いた。はそれに「はい」と強く頷いて、フィガロの背に手を回した。
フィガロはずっと怖かった。のそれが本当は嘘で、おまえなんて愛していないと言われるのが怖かったのだ。だってに愛されて良い資格なんて、自分は持っていないと思っているから。
「俺もが好きだよ」
そっとを離したフィガロが言う。「愛してる」と。
「……これからもそばにいてくれる?」
不安の色で染まった瞳がを見る。は迷うことなく「もちろん」と微笑んだ。
「ずっと、フィガロ様のそばにいますよ。約束します」
がそう言うと、フィガロはまるで迷子の子供が帰る家を見つけたかのように安堵して、もう一度を強く抱きしめた。