おたまほ2の無配


「シャイロック! 俺ごはん残さないで食べた!」

ムルは「褒めてくれる?」とすでに食事を終えていたシャイロックに擦り寄った。シャイロックは「いい子ですね」とムルの頭を一撫で。魔法舎でのそんな光景も、晶にとってはすっかり日常になった。晶が微笑ましいなんて思っていると、隣からガチャンと食器を叩きつける音が聞こえた。次いで聞こえたのは「は?」というドスの効いた声。晶は思わず、自分の隣に座っているのは女性だったよな、と確認した。

「……晶様、あれ、いつもああなんですか?」

先程の「は?」が嘘かのように、透き通るような声で晶にそう問いかけたのは魔女のだった。あれ、とが目を向ける先には、シャイロックと、シャイロックに撫でられるムルの姿。
夕食前、シャイロックを訪ねて来たに、シャイロックの友人なら一緒に夕飯をどうだと誘ったのは晶だった。魔法舎での料理係のネロも、一人二人増えても変わらないと快諾してくれた。そんな晶とネロの言葉に甘え、は魔法舎で夕食をご馳走になっていた。
晶は何かの気に触ったのだろうかと内心怯えながら、の問いに肯定の返事をした。

「そうですか。そう……いつも……」

は一度叩きつけた食器を、優しく握りながら「いつもそう……」と呟いた。
晶が「……?」と恐る恐るを呼べば、はぱっと笑顔を浮かべ、何事もなかったかのように「すみません。取り乱しました。ネロのごはんは美味しいですね」なんて言う。豹変した雰囲気に、晶はもしかして自分は厄介な客を招いてしまったのではないか、と胃が痛くなった。
はシャイロックの友人だと、シャイロック本人が言っていた。
魔女、。生まれも育ちも東の国だけれど、現在は西で暮らしている。歳はムルより上でミスラより下、酒類を販売している店の店主。店の人気ナンバーワンはのシュガーが入った甘いお酒。シャイロックと知り合ったのも、シャイロックがの店にワインを買いに来たことが切欠だった。上品で穏やかで優しいシャイロックを、はすぐに気に入った。

「いつも……シャイロックに撫でられているんですね……」

「あの泥棒猫」と呟いたの手に徐々に力が入っていく。食事を続けながらも、はシャイロックとムルを、正確にはシャイロックに撫でられるムルをジーッと見つめていた。
そのとき、晶は全てを理解した。これはキャットファイトの幕開けだと。いやムルは男だけれど、もう晶にはそうにしか見えなかった。魔法使い同士が喧嘩を始めたら、晶にはどうにも出来ない。それに今日はスノウやホワイト、フィガロなどの喧嘩をおさめてくれそうな魔法使いたちはいない。魔法舎を破壊するのだけはやめてほしい、そんなことを考えながら、晶はシャイロックに目配せした。それに気付いたシャイロックは、ムルから手を離して「」と優しくを呼んだ。

「そんなにこわい顔をして。賢者様が怯えていますよ」
「えっ。あ、ごめんなさい、晶様。こわかった?」
「あ、いえ……あの、……少しだけ」
「はあ……わたしったらどうしてもシャイロックのことになると周りが見えなくなっちゃって……」

「ごめんなさい」と繰り返したに、晶は胸を撫で下ろした。

「あはは! 、俺がシャイロックに撫でられてるといっつも怒る!」

「怒ったの顔って、にしか出来ないから好き!」とムルが宙に浮きながら笑った。が「は?」とムルに目を向けた。シャイロックからは溜め息が出た。
晶は理解した。これは幕開けじゃない。キャットファイトはすでに開演していたのだと。何ならもう中盤くらいまできてる。
シャイロックは晶にのことを友人だと紹介したし、もそれに頷いたけれど、にはきっと友人以上の感情があるのだろうと、晶は何となく気付いていた。というのも、の、ムルに向ける目にわかりやすく敵意が篭っているのだ。
晶はヒヤヒヤしているが周りの魔法使いたち(大人に限る)は「なーんだ、またとムルか」みたいな反応なので、おかしいのは自分なのか、と頭を捻った。

「今日こそ石にしてやるわよ、この泥棒猫!!!」

ガチャン、ガラガラ、ガシャン、食器の落ちる音、グラスの割れる音、ネロのごはんが床にこんにちは。誰かが「泥棒猫ではないだろ」と呟いた。
が呪文を唱えようとした、そのときだった。

「おい」

ネロの、よりずっとドスの効いた声。ぴたりと動きを止めたは、恐る恐るネロを見た。は東で生まれ育ったから、ネロのこともよく知っている。よく知っているくせに、ごはんを床に落とすという悪行、許されない。

「食事中だっつうのに、随分マナーがなってねぇな」

「お子ちゃまどもを見習ったらどうだ?」とネロの手には出刃包丁が握られていた。
にはこわいものが二つある。ひとつはシャイロックに嫌われること。もうひとつは、怒ったネロ。のほうがずっと長生きなのに、は怒ったネロがこわい。
昔、荒れたネロがあまりにも乱雑な手付きで、でもすごく綺麗に、返り血をびしゃびしゃに浴びながら無表情で、馬鹿みたいにデカイ鳥を捌いているのを見てから、は「この人は怒らせたらいけないリスト」にネロを追加した。ちなみにリストの筆頭は北の双子。

「やるなら飯を食ってから、お子さまたちに見えないところでやれ。賢者さんにも迷惑をかけるな」

最初はあんなにぶっきらぼうだったネロが、自分の心配をしてくれるなんてと晶は内心で喜びつつも、に目を向けた。わかりやすく硬直している。
シャイロックは「ムル、まだ食事中の方もいますから降りなさい」とムルを呼んだ。それから「」と、先ほどと同じように優しくを呼ぶ。

「あなたたちが喧嘩を始めたら魔法舎は半壊じゃ済みませんよ。ここには私のバーもありますし、それをめちゃくちゃにするおつもりで?」

それにしゅんとしたは「う……」と眉を下げる。それからは素直に「ごめんなさい」と謝罪した。シャイロックにだけではなく、食事中の周りにも、勿論ネロにも。ネロにはあとで店の一番良い酒を差し入れようと思いながら。
しかし謝罪をしてはいそれで終わり、に出来ないのが魔法使いなのである。

「あはは! 素直に謝るっておもしろーい!」

魔法舎は半壊したしもムルもシャイロックとネロにこっぴどく怒られた。
キャットファイト