「おはよう、パパ」
まだ若干眠そうなスティーブンにそう声をかければ、彼はわたしを見てぎょっと目を丸くした。「コーヒー? ココア? お水?」と訊いた声は無視して、「服を着なさい」と言うと溜め息。着てるのに。スティーブンのシャツ一枚。わたしの肌なんて見慣れているだろうに、何を今更。
「着てるじゃない」
「下を履きなさいって言ってるんだ。それからパパはやめてくれ」
「ああ、あとコーヒーで頼むよ」と言うと、スティーブンはソファで新聞を読み始めた。今日はヴェデッドはお休みだ。昨晩のうちに今日は二人きりで過ごしたいと可愛くおねだりしておいたのだ。ちょっと可愛くねだれば言うことを聞いてくれるのだからこの男は存外ちょろい。
ヴェデッドが嫌いとか邪魔とかではなく、むしろ仲の良いお友達だけれど、今日ばかりは仕方ない。なぜならわたしには目的があるから。
ソファで新聞を熟読しているスティーブンを確認して、しめしめと隠し持っていた粉末状の薬が入った袋を取り出す。スティーブンがコーヒーを選んでくれて良かった。ココアでも問題はなかったけれど、お水と言われていたら色で薬を入れたことがバレてしまっただろう。溶けると無色透明になる薬を作るはずが上手くいかず薄水色になってしまったから、水に溶かしても若干色が残る。
上機嫌に鼻歌を歌いながらスティーブンのコーヒーを淹れ、自分用にココアを淹れた。わたしはコーヒーを飲むとお腹を壊すから好まないし、苦いものも嫌い。
「少しおいたが過ぎるね、レディ」
コーヒーを入れたカップの上で止まったわたしの手首──手には薬の入った袋を持っている──を、いつの間に来たのかスティーブンが後ろからそっと掴んだ。この男、何だってこう察しが良いのだ。ていうか本当にいつ後ろに回られたんだ。さっきまでソファで新聞読んでたくせに!
「な、何のこと?」
スティーブンがわたしをレディと呼ぶときは呆れているときか叱るときだ。恐らく今回は前者だろう。
スティーブンはわたしの手首を一度離すと、今度はわたしの腰を掴んでぐるんと身体の向きを変えた。咄嗟のことにわたしの手から離れた薬がキッチンの上に散らばった。もったいない。
「それ、何の薬?」
「さあ?」
「
」
ぐぐ、とこちらに体重をかけるスティーブンに「潰れる!」と抗議するもスティーブンは微笑みを浮かべたまま何も言わなかった。このままじゃ本当に潰されかねないと思い、わたしは諦めて口を開いた。
「スティーブンさんが悪いのよ」
そう言えばスティーブンは「僕が?」と眉を下げて笑った。思い当たる節はあるらしい。
「こんなに若くていい女を捕まえといて、数週間も放ったらかしにするから!」
薬は自我を奪うとか、昏睡状態になるとか、そういうヤバイやつではない。この何でも起こるHLでどこからがヤバイ薬になるのかはいまいち判断が難しいけれど。
スティーブンの仕事の詳細は知らないが、彼は忙しい日々を送っている。この家に遊びに来たときに居ないことはザラにあるし、約束してた予定がダメになることも、デートが途中で終わることも珍しくない。まあそれは別に良いのだけど。けれど今回ばかりはそうもいかない。数週間、下手すればあと数日で一ヶ月放っておかれたことになる。スティーブンの仕事は理解しているが、連絡の一つも寄越さないのだから多少のおいたは許して欲しいものだ。
「悪かったよ。忙しくて」
「わかってるけど……電話くらい欲しかった」
「次からはそうする」
出来ればそうなる前に会いたいのだけど、わたしも仕事で研究所に引き篭もって帰らないなんてよくあるし、そこはおあいこか。
お詫びと言わんばかりに頬にキスをされる。この人は時々こうやってスキンシップで誤魔化そうとするところがある。嫌いじゃないから良いのだけど。それにわたしも薬の中身をこのままうやむやにしたいから同じようにキスを返した。
「で、何の薬?」
しかしそれで誤魔化されてくれないのがスティーブンなのだ。誤魔化されろよ、と思いながらこれは言うまで解放されないだろうなと思い諦めた。まあ、ヤバイ薬ではないし、ほんとに。
「お耳が生える薬……」
「耳? 何の?」
「猫」
「ねこ」
「だって、見たかったんだもん! 猫ちゃんになったスティーブンさんが!」
「撫でて可愛がりたかったの!」と声を上げれば、スティーブンは心底不思議そうな顔をしていた。
「僕みたいな男にそんなの生えたって何にも面白くないだろ」
「面白いとか面白くないとかじゃなくて、絶対可愛いもん」
「可愛くもないと思うけど……」
そう言って溜め息を吐いたスティーブンは軽々とわたしを抱き上げてソファまで移動すると、わたしを抱えたまま座った。
「君に耳が生えたほうが可愛いんじゃない?」
耳の上の髪を擽られて背筋がゾワゾワする。髪にも耳にも、他人に、特に男の人に触れられるのはあまり好きじゃないけど、スティーブンに触られるのは嫌いじゃない。
自分に猫耳が生えた姿を想像したけれど全く可愛くない。「可愛くないよ」と言いながら髪を撫でる手に擦り寄れば、スティーブンは納得していないようで「そうかなぁ」と呟いた。髪を弄んでいた手が耳に触れて、余計に擽ったくなって身を捩る。そんなわたしを見たスティーブンが笑みを浮かべて言った。
「それに、撫でて可愛がるのは僕の仕事だから奪わないでくれよ」
ふりまわしたい