秘密・硝子・息つぎ
word by ちかのさん
私の世界は未来が全てだった。
未来が好きだった。控えめに笑うところも、そばかすも、「ちゃん」って呼ぶ優しい声も。
それが友人に向ける感情でないことは自分が一番わかっていて、それでもそれを隠すことはしなかった。未来はいつも私の好意を受け取ってくれたけれど、それは友人としてだった。私では、未来とそれ以上にはなれないのだと、わかっていた。
「海行こうよ、海」
そう言って日誌から顔を上げて未来を見たら、未来は「海?」と首を傾げた。
「うん」
「あたしも一緒に?」
「もちろん。この間お揃いの靴買ったでしょ。あれ履いてさ」
未来とお揃いの靴を買った。赤色のリボンが付いた靴。本当はワンピースが良かったのだけれど、未来が「あたしには可愛すぎないかな……」なんて言うから、靴にしたのだ。赤色のリボンが付いた、可愛い靴。未来はいつも私が可愛いと思うものを、自分には似合わないって言う。似合うのに。けれど未来が嫌だって言うなら仕方ない。価値観を押し付けたいわけではないし。
「明後日は? 二日」
「明後日……」
「未来忙しい? ゴールデンウィークでもボーダーのお仕事あるよね」
「ううん。大丈夫。急な防衛任務とか入らなければ……」
「じゃあ、とりあえず明後日、約束ね」
「うん……」
「どうかしたの? 嫌なら嫌って言っていいんだよ。いつも言ってるじゃない。私、未来と遊びたいけど未来を困らせたくないって」
「何でもないよ、ごめんね」
「本当? ならいいけど……」
書き終えた日誌を先生の所に持って行くから先に玄関で待っててと伝えて、教室を出た。校内には生徒がちらほら残っていて、勉強をしていたりお喋りをしていたり様々だった。仲良くお喋りをしている子達を見ると、私もはやく未来といろんなことを話したくなって、日誌を先生に渡してすぐ、足早に玄関へ向かった。
未来がボーダーに入るって言ったとき、私は止めようと思った。いくら換装するとはいえ、危ないことだってあるし下手をしたら命を落とすのではないのかと、気が気じゃなかったから。でも私は未来にとってはただの幼馴染でしかなくて、未来を止める権利なんて持っていなかった。未来を困らせたくなかった。
「ごめん、未来。お待たせ」
「ううん。日直お疲れさま」
「ありがとう。帰ろっか」
「うん。ねえ、ちゃん。海行ったら泳ぐ?」
五月の海はまだ寒いだろうか。本当は泳ぎたいけれど、もうすぐ水泳部の大会がある。三年の後半期は進学や就職の為に時間を使うことになるから、三年間続けてきた部活の、最後の大会だ。海で泳いで風邪をひいて、練習が出来なくなったり最悪大会に出られない、なんてことになったら、私は一生後悔するだろう。
「まだ寒いだろうから泳がないよ。未来、泳ぎたいの?」
「ううん、ちゃんが泳ぐところ見たかったなって」
「未来、私が泳いでるところ見るの好きだよね。今年も大会見に来てくれるんでしょ? 絶対今年も優勝するから、去年みたいに写真撮ろうよ」
「……うん」
未来があまり写真を好きでないことは知っていた。けれど思い出が欲しくて、何かしら形に残るものを持ちたくて、昨年大会に応援に来てくれた未来にわがままを言った。未来は私のわがままを聞いてくれて、今でもその写真は硝子製の写真立てに入れて、私の部屋に大切に飾っている。
気が付いたらいつも別れる線路に来ていた。信号が青になっているのを確認して、線路の向こうへ渡る。振り返って、未来にもう一度、明後日約束だよと言って手を振った。未来も同じように手を振り返してくれたけれど、その手を下げると「ちゃん、ごめんね」と叫んだ。カンカンとけたたましく信号が鳴って、電車が過ぎて行く。もう向こうに未来はいなかった。
靴なんて買わなきゃ良かった。ねえ、未来。私を置いてどこへ行ってしまったの。どうしてあのとき謝ったの。何に対する、ごめんねだったの。大会、応援に来てくれるって言ったのに。私、今年も優勝したのに。どうして私に隠し事してたの。
「ねえ、未来、私はどうすれば良かったの」
硝子越しの未来に話しかけたって、もう未来の声は聞こえないのに。最後に聞いた未来の声が謝罪だなんて、あんまりだよ。
私は秘密を抱えたり、嘘を吐くことが苦手で下手くそだったから、秘密の維持が容易でないことは想像がついた。ずっと、一人で抱えていたのだろうか。誰にも何にも言えず、私にすら、言えずに。
私の世界は未来が全てだった。けれど未来は違う。私はそれをよくわかっている。わかっているのに。ねえ、未来。私、未来がいなくなってから、上手に息つぎができないよ。
(ポピーレッド)
word by ちかのさん
未来が好きだった。控えめに笑うところも、そばかすも、「ちゃん」って呼ぶ優しい声も。
それが友人に向ける感情でないことは自分が一番わかっていて、それでもそれを隠すことはしなかった。未来はいつも私の好意を受け取ってくれたけれど、それは友人としてだった。私では、未来とそれ以上にはなれないのだと、わかっていた。
「海行こうよ、海」
そう言って日誌から顔を上げて未来を見たら、未来は「海?」と首を傾げた。
「うん」
「あたしも一緒に?」
「もちろん。この間お揃いの靴買ったでしょ。あれ履いてさ」
未来とお揃いの靴を買った。赤色のリボンが付いた靴。本当はワンピースが良かったのだけれど、未来が「あたしには可愛すぎないかな……」なんて言うから、靴にしたのだ。赤色のリボンが付いた、可愛い靴。未来はいつも私が可愛いと思うものを、自分には似合わないって言う。似合うのに。けれど未来が嫌だって言うなら仕方ない。価値観を押し付けたいわけではないし。
「明後日は? 二日」
「明後日……」
「未来忙しい? ゴールデンウィークでもボーダーのお仕事あるよね」
「ううん。大丈夫。急な防衛任務とか入らなければ……」
「じゃあ、とりあえず明後日、約束ね」
「うん……」
「どうかしたの? 嫌なら嫌って言っていいんだよ。いつも言ってるじゃない。私、未来と遊びたいけど未来を困らせたくないって」
「何でもないよ、ごめんね」
「本当? ならいいけど……」
書き終えた日誌を先生の所に持って行くから先に玄関で待っててと伝えて、教室を出た。校内には生徒がちらほら残っていて、勉強をしていたりお喋りをしていたり様々だった。仲良くお喋りをしている子達を見ると、私もはやく未来といろんなことを話したくなって、日誌を先生に渡してすぐ、足早に玄関へ向かった。
未来がボーダーに入るって言ったとき、私は止めようと思った。いくら換装するとはいえ、危ないことだってあるし下手をしたら命を落とすのではないのかと、気が気じゃなかったから。でも私は未来にとってはただの幼馴染でしかなくて、未来を止める権利なんて持っていなかった。未来を困らせたくなかった。
「ごめん、未来。お待たせ」
「ううん。日直お疲れさま」
「ありがとう。帰ろっか」
「うん。ねえ、ちゃん。海行ったら泳ぐ?」
五月の海はまだ寒いだろうか。本当は泳ぎたいけれど、もうすぐ水泳部の大会がある。三年の後半期は進学や就職の為に時間を使うことになるから、三年間続けてきた部活の、最後の大会だ。海で泳いで風邪をひいて、練習が出来なくなったり最悪大会に出られない、なんてことになったら、私は一生後悔するだろう。
「まだ寒いだろうから泳がないよ。未来、泳ぎたいの?」
「ううん、ちゃんが泳ぐところ見たかったなって」
「未来、私が泳いでるところ見るの好きだよね。今年も大会見に来てくれるんでしょ? 絶対今年も優勝するから、去年みたいに写真撮ろうよ」
「……うん」
未来があまり写真を好きでないことは知っていた。けれど思い出が欲しくて、何かしら形に残るものを持ちたくて、昨年大会に応援に来てくれた未来にわがままを言った。未来は私のわがままを聞いてくれて、今でもその写真は硝子製の写真立てに入れて、私の部屋に大切に飾っている。
気が付いたらいつも別れる線路に来ていた。信号が青になっているのを確認して、線路の向こうへ渡る。振り返って、未来にもう一度、明後日約束だよと言って手を振った。未来も同じように手を振り返してくれたけれど、その手を下げると「ちゃん、ごめんね」と叫んだ。カンカンとけたたましく信号が鳴って、電車が過ぎて行く。もう向こうに未来はいなかった。
靴なんて買わなきゃ良かった。ねえ、未来。私を置いてどこへ行ってしまったの。どうしてあのとき謝ったの。何に対する、ごめんねだったの。大会、応援に来てくれるって言ったのに。私、今年も優勝したのに。どうして私に隠し事してたの。
「ねえ、未来、私はどうすれば良かったの」
硝子越しの未来に話しかけたって、もう未来の声は聞こえないのに。最後に聞いた未来の声が謝罪だなんて、あんまりだよ。
私は秘密を抱えたり、嘘を吐くことが苦手で下手くそだったから、秘密の維持が容易でないことは想像がついた。ずっと、一人で抱えていたのだろうか。誰にも何にも言えず、私にすら、言えずに。
私の世界は未来が全てだった。けれど未来は違う。私はそれをよくわかっている。わかっているのに。ねえ、未来。私、未来がいなくなってから、上手に息つぎができないよ。
(ポピーレッド)