甘い味・掠める・頬ずり
word by ねむさん

銃弾が頬を掠めて、チリとした痛みが走る。血が流れていく感覚がするけれどそれを拭っている暇なんて無い。「!」と前方から中也の叫び声。私は中也の肩に置いた手に力を込めて「平気! 速度上げられる?!」と叫び返した。中也は何も云わず二輪車の速度を上げていく。遠ざかっていく敵の車を確認して二発、弾切れ、車の車輪はパンクした。けれど止まることのないそれを見乍ら、手早く玉を入れ替える。替え玉はこれが最後。

「執念ぇな」

中也が舌打ちと共に云う。

「中也、異能! あそこのビルからなら確実に仕留められる!」

大分速度を出している所為か、向かい風が酷く髪が乱れていく。中也は一瞬戸惑って「本気か?! 怪我すンぞ」と。中也が私といるときに、異能を使うのを躊躇う一番の理由はそれだ。一緒の任務なんて滅多に無いけれど、今回ばかりは中也の運が悪かった。私の運は最高だけど。
例えば重力操作で瓦礫を操ったとして、例えばビルを丸ごと破壊したとして、そのおこぼれで私が怪我をしないか心配らしい。とはいえ私もマフィアの一員。

「怪我の一つや二つ、覚悟してる!」

空中を浮遊。勢いはそのままに私が指定したビルに二輪車は一瞬で着いた。撃てるのはあと六発。一発、フロントガラスにヒビが入る。二発、ガラスをぶち抜く、三発、運転手の額に命中、四発、助手席の男が持つ銃に命中、五発、男の頭をぶち抜いた。凡そ二秒間の出来事。

「やったか?」
「うん」

車はギュルギュルと音を立てて回った後、ガードレールにぶつかって停止。後は死体回収班がどうにかするだろう。
ゆっくり降下した二輪車はそのまま一定の速度で道路を走る。「腹減ったな」と聞こえた声に、道沿いにサービスエリアがあったのを思い出した。中也に聞こえるように少しだけ身を乗り出して耳元に口を寄せる。サービスエリアがあると云えば、中也は一つ頷いて、二輪車を走らせた。


「疲れたー」

平日早朝のサービスエリアは閑散としているが、それでもちらほらと人はいる。これから遠方へ向かうのかきっちりとスーツを着た人もいれば、その逆でヨレヨレになっている人も。

「ねぇ、あれ! 期間限定だって」

何を食べるか、各店舗の上部に設置された店の名前とメニューが一緒に書いてある看板に目を走らせていれば、看板ではなく一つののぼりが目に入る。「期間限定 フランス産ショコラノワール使用 チョコレートアイス」と書かれたそれを指せば、中也は「食いてぇのか?」と一言。氷菓子の甘い味を想像して、うんと首肯いた。

「だって期間限定だよ」
「あー、、そういうの好きだったな」
「中也も食べる? 食べるなら購ってくる」
「俺はいい。つーか先に飯食えよ」
「それもそっか。何食べよう。中也は何食べる?」

「あれ」と中也が指差したのは拉麺で、それもコッテリ系。朝からよくそんなの食べられるなと思い乍ら、私も何だかんだお腹が空いていて、中也と同じものを頼んだ。
お待ちどおさま、と店頭のおばちゃんが豪快に笑い乍ら差し出した盆を受け取って、適当な席へ掛けた。程なくして私より量が多い拉麺を運んできた中也も席に座ると、「いただきます」と云って食べ始める。
濃いめの味噌スープが疲れた躰に沁みる。私たちの格好を見て察したのか「お兄さんたち、お仕事終わり? 朝まで大変だねぇ。焼豚おまけしたげる」とおまけしてくれた焼豚を食せば、程よい柔らかさと染み込んだタレの味がして美味しかった。
私が半分食べ終えた頃には中也はもう完食したようで、懐から携帯端末を取り出すと手早く電子手紙を打っていた。恐らく任務完了の報告だろう。あまり待たせるのも悪いし、はや く食べてしまおうと思ったけれど、中也が「ゆっくり食えよ。詰まらせンぞ」と云うから、いつも通りのペースで食べることにした。

「中也さ、ちょっと過保護じゃない?」

スープまで平らげて空になった器を見乍ら云えば、中也は「は?」と云った。何云ってんだ此奴、という顔だ。

「異能使うの躊躇ったでしょ」

そう云えば合点がいったのか、「あー」と目を逸らした。図星なのだろう。
躊躇う理由が、今日は中也自身の調子が良くないからとか、単に異能を使いたくないからとか、そういう中也自身に関することなら私だってこんなこと云わない。躊躇った理由が私にあるから、言葉にしなくてはいけなくなる。

「私、もう十七歳だよ」
「ああ。俺と同じだろ、知ってる」
「子供じゃないんだよ」
「ああ。わーってるよ」
「わかってないよ!」

強くそう云うと、中也は私の頬に手を伸ばした。突然のことにびくりと肩を震わせた私に、中也は「怪我、平気か?」と酷く優しい声で訊く。もう血は出ていないけれど、傷跡が残ったそこを中也の指が滑った。

「柔らけぇな」
「ちょっと! ちゃんと聞いて!」
「頬ずりしたくなる」
「聞いてったら!」

またそうやって誤魔化そうとする。中也はいつもそうだ。私には聞かれたくないことが、云いたくないことがあるらしい。

「私だってマフィアの一員だよ。怪我の一つや二つ覚悟してる」

頬を滑っていた手が離れると、中也は二人分の食器を持ち上げて「氷菓子購うんだろ」と立ち上がった。慌てて私も立ち上がって、中也の後を追う。
食器返却口と書かれた場所に食器を置いた中也と一緒に、今は中で作業をしているらしい店の人に「ご馳走さん」「ご馳走様でした」と云えば、中から「ありがとうございましたー!」と元気な声。その隣の、私が食べたいと云ったジェラート屋の注文口に立った中也はさっさと期間限定のチョコレートアイスを頼むと、それを私に差し出した。

「あ、ありがとう。お金、」
「いい。怪我の詫びだ」
「……これ、別に中也の所為じゃないよ」

云い乍ら、溶けてしまうと氷菓子を口にした。ビターチョコレートが混じったそれは苦くて、でも甘さもある。「美味しい」と呟いた私を一瞥した中也が外へ向かい乍ら云った。

「好きな女の顔に傷付けて、詫びの一つもしなきゃ男が廃るだろ」

(ショコラノワール)