「
ちゃん、そろそろ機嫌なおしてよ〜……」
ぎゅうと大きなクマのぬいぐるみを抱えた彼女はこっちをひと睨みした後ぷい、と顔を背けてしまった。テーブル一台隔てた向こうに彼女は座っていて、テーブルより向こうへは来るなと、彼女からのお達しだ。
「ごめんって」と何度目かわからない謝罪を口にするも、彼女の機嫌は戻らないらしく、「ううー!」と威嚇するみたいな声を上げた彼女はぬいぐるみに顔を埋めた。そっちより絶対自分のほうが抱き心地良いって。
「
ちゃんが好きなお店のフルーツタルト」
「やだ」
「カゲのとこのお好み焼き、何でも」
「いや」
「新しいぬいぐるみ」
「や!」
物で機嫌を直そう作戦は失敗に終わった。子供の駄々みたいなことを言う彼女に、溜め息がひとつ。けれどそういうところも大変可愛く見えてしまうのだから、惚れた弱みというやつは恐ろしい。
そもそもどうして彼女の機嫌が悪いかといえば、ここ最近ずっとデートの約束がおじゃんになったからだ。なぜか彼女と約束をしていた日に限って防衛任務が入ったり、ネイバーが出現して急遽出勤になったり、そういうことが多く、今日は久しぶりに彼女と二人きりになれた。
何かあっても良いように遠出はしないで家で過ごそうと、いわゆるお家デートを提案したのは彼女だった。彼女の家に来たは良いものの、部屋に上がってすぐ「尋くんは私がいなくても寂しくないんだ」と今にも泣きそうな声で言われたかと思えば、ぬいぐるみを抱えて領土宣言された。いやここは彼女の部屋だから全部彼女の領土だけど。
「……この間女の子と二人で歩いてた」
クマの頭から目だけを出した彼女が言う。この間っていつだ。ていうか女の子と二人で歩ってたときなんてあったか、と記憶を辿れば、つい数日前帰りが遅くなってしまったヒカリちゃんを送って行ったときを思い出した。
「あ、ヒカリちゃんと一緒だったとき?」
「ヒカリちゃんっていうの。名前も外見も可愛いね」
そういえばヒカリちゃんの家もこの辺りからそう遠くないところにある。
「あれは帰りが遅くなっちゃったから送ってっただけだよ」
「……本当?」
「本当。ヒカリちゃんはうちの隊のオペ」
「何にも疾しいことない?」
「ない。誓ってないよ」
彼女はまた「ううー」と言ったけれど今度は威嚇じゃないらしい。語尾が下がっていた。
デートの約束がおじゃんになることは珍しくないし、彼女はそのあたりも理解してくれている。わがままだって普段は全然言わない。だというのに今日はずいぶんと食い下がるなと思っていたけれど、そういうことか。ヒカリちゃんと歩いているところを見ていなければ多分、こんなに拗ねなかっただろう。
「なんで怒らないの……」
「ええ……。怒って欲しかったの?」
「そうじゃないけど……私、わがままばっかり言って尋くんのこと困らせてるもん……」
「デート出来なかったの、尋くんが悪いわけじゃないのに」と一度上げた顔をまたぬいぐるみに埋めながら彼女が言う。これはもう恐らく、ほぼ確実に機嫌は戻っているな。戻ったというか、不機嫌から自省モードに切り替わったらしい。
デートがおじゃんになったのは仕方がなかったとはいえ、寂しい思いをさせていたことに変わりはない。そんな彼女のケアをするのも彼氏の務めではなかろうか。
「せっかく久しぶりに会えたんだし、
ちゃんとくっつきたいんだけど」
「……やだ」
「ぬいぐるみより尋くんのほうがふかふかよ?」
「ぎゅーじゃなくてちゅーがいい……」
思わず「えっ」と素っ頓狂な声が出てしまった。
顔を真っ赤にしながらそう言った彼女の、なんと可愛いことか!
実はまだ彼女とキスをしたことがない。そういう雰囲気になるほどデートを重ねられていないのが一番の理由。しかしこちとら健全な男子高校生。可愛い彼女に可愛い顔でそんなことを言われたら、もうどうしようもない。
「そっち行っていいの?」
「……うん」
ぬいぐるみを抱えたままの彼女の隣に座れば、彼女はまたそれに顔を埋めてしまった。
「ちゅーするんじゃないの?」
「……する。ぎゅーもする」
「さっきしないって言ってたのに?」
はっきりしないと言われたわけではないが、これは、まあ、ちょっとした仕返しだ。このくらいは許されるだろう。
「……尋くんがしたくないならいい」
「ごめんごめん。ぎゅーもちゅーもしたいな」
そっとぬいぐるみから顔を上げた彼女は、それをベッドの上に置くとこちらに両手を伸ばす。抱きしめろ、の合図だ。普段あんまりわがままを言わない彼女だからこそ、それが余計に可愛く見えて、もうなんていうか可愛い。非常に。
一度彼女を抱きしめれば、彼女は「ふかふかだぁ」と嬉しそうに言う。シャンプーの香りだろうか、ふわりと甘い香りが彼女から香って、それをこの腕に収めているのは自分なのだと思うと嬉しくなる。
そうっと腕を離した彼女が「ちゅーは?」とこちらを見上げる。まだ顔が赤いながらも、どこか期待した目で見上げられて悪い気はしない。初めてのキスだ。緊張しないといえば嘘になる。
「す、するよ」
「どうぞ」
目を閉じて待つ彼女に、ちゅ、と触れるだけのキスをすれば彼女は「ふふ」と楽しそうに笑った。どうやら彼女は一度してしまえば恥ずかしさはあまり感じないタイプらしく、お返しと言わんばかりに彼女からも触れるだけのキスをされた。もしかして緊張しているのは自分だけなのかと思いつつも、楽しそうな彼女が可愛いからどうでもいいか。
「尋くんとちゅーできるなら、ずっとお家デートでも良いな」
彼女の可愛さがカンストしている