蝶よ花よと大切に育てられてきたのだと思う。早くに両親を亡くしたと話す彼女の口からは、両親への感謝と称賛しか聞こえてこなかった。魔法使いを心底愛する親は少ない。少ないだけで全くいないわけではないことは知っている。身近なところではブランシェット家の子息がそうだし、もう石になってしまったが、僕の兄弟弟子にあたるらしい彫金師を生業とする魔女もそうだった。
その彫金師の魔女と彼女はどうやら旧知の仲らしく「パパとママが死んだ日に、その子に作って貰ったの」と彼女が鮮かなオレンジ色の宝石を埋め込んだ指輪を光に翳した。マンダリンガーネットって言うの。彼女がそう教えてくれたけれど、僕には不必要な知識のような気がした。
「砕いたパパとママの骨を少しだけ石に埋めて貰ったんだ」
「そんなこと出来るのか?」
「さあ。一般的な考えは知らないけれど、あの子、魔女だから」
魔女だから。魔法使いだから。そのような一言に、言葉にし難い感情が生まれると共に、その一言で納得してしまう自分がいるのも事実だった。
彼女が今日僕の元を訪ねて来たのは、呪いを解いて欲しいという依頼だった。誰に聞いたのか、今日僕が嵐の谷に一時的に戻ることを知っていたらしい。呪い屋なら他にいくらでもいるだろうに、どうして彼女が僕を訪ねたのかはわからない。一度断ったものの、引き下がらない彼女に話だけなら聞くと言ったところ、彼女の両親の話から指輪の話になったのだ。
「呪いはこの指輪にかけられてる」
「指輪に?」
「うん。作って貰ったときに、守護の魔法をかけてくれたのだけど、もうあの子はいないから、魔法も解けちゃったんだと思う。指輪を嵌めると死んじゃうんだって」
己の身に起きている事象を、彼女はどこか他人事のように話していた。
指輪に呪いをかけたのは彼女に一方的に好意を寄せる魔法使いで、自分のものにならないのならいっそいない方がマシだと言って、破滅の呪いをかけたらしい。なぜ彼女自身に呪いをかけないのかと思ったのが顔に出ていたのか、「あの男よりわたしのほうが強いんだよ」と。彼女が教えてくれたマンダリンガーネットがきらりと光る。
「大事なものだから肌身離さず身につけたいんだ」
だから呪いを解いてくれないか、と言う彼女に約束は出来ないが調べるだけ調べてみようと、その指輪を預かった。帰り際、彼女は「今日ファウストがここにいることは、フィガロが教えてくれたよ」と微笑んだ。
彼女の言う通り、さほど強くはない魔法使いがかけた呪い。だから解呪もそう時間はかからないだろうと踏んでいた。指輪を預かって二週間は経ったが、どうにも難航している。どうすれば呪いが解けるのかわからないのだ。何度も何度も魔法をかけたが、解けた様子はなく、そもそもどうなれば解けたと言って良いものかも不明瞭だった。魔法をかけても弾かれる。男の魔力はさほど強くはないはずだ。ならば他の、別の者の魔力に弾かれていて、それは指輪を作った者だと考えるのが妥当だ。けれど、彼女の言っていた通りこれを作った魔女はとうに石になっている。しかしながら何度か魔法をかけるうちに気付いてしまった。そう、似ているのだ。魔力は目に見えるものではないが、形というか雰囲気というか、表現し難いそれが、僕の嫌いなあの男に。
「で、その子に詳しい俺のところに来たんだ」
「知り合いだっただろう」
「彫金師の魔女でしょ。知ってるよ。あの子に魔法を教えたのは俺だ」
「その魔女は石になっただろう」
「石になったからといってあの子の魔法は消えないよ。執着の強い子だったから、魔法にもそれが現れたんだろう」
「それなら、男がこの指輪に魔法をかけた時点で弾かれ……、そういうことか……」
そうだ。魔女の魔力のほうが強いのなら、男が呪いをかけた時点でそれは弾かれるはずだ。魔女は守護のまじないをかけたと、彼女は言っていた。その魔法のおかげで本来は呪いがかかっていないのだとしたら。
フィガロは「うーん」と考え込んだ後に、胡散臭い笑みを浮かべて言った。腹の立つ顔だった。
「君、ちょっと鈍いんじゃない?」
全部が嘘だったのかと問えば、彼女は丸い瞳をさらに丸くさせた後に、全部ではないのだと、静かに言った。僕が差し出したマンダリンガーネットの指輪を彼女は受け取ろうとしなかった。
「呪いをかけられた、っていう話以外は本当」
まだ僕の手に収まったままの指輪を見て彼女が言う。日が沈む直前、赤く焼けた色は、先日とは違う光をその指輪に落とす。呪い屋である僕に、呪いをかけられたと嘘を吐く理由が知りたかった。他にいくらでもいるであろう呪い屋の中で、どうして僕に声をかけたのか。彼女は指輪に落としていた目を僕に向けると「わからない?」と首を傾げた。僕が答えを口にするよりはやく、彼女はまた指輪に目を戻すと、僕の手を握る。
「指輪、つけてくれる?」
──指輪を嵌めると死んじゃうんだって。
彼女の言葉が脳裏を過るが、結局それは嘘だったのだ。それに、僕が彼女に嵌めてやる義理はないし、それだってどうしてわざわざ僕に頼むのかわからない。わからないけれど、無碍にする理由もなかった。右手の人差し指が良い、と彼女に差し出された手を取って、慎重に、万が一何があっても良いように身構えながら嵌める。何も起こらず、赤い日に照らされた指輪は彼女の指を彩った。
「嘘を吐いてでも、ファウストと話がしてみたかったの」
(手のひらに住んでいる幼獣 / 20220103)
title by つらら様