太宰(bnst) | 佐疫(gktz) | ヒソカ(H×H) | 佐疫(gktz) | ジェイド(twst) | シャイロック(mhyk) | オーエン(mhyk) | ムル(mhyk) | 赤司(krbs) | 平腹(gktz) | ヒュース(wt) | 諏訪(wt) | 鳩原(wt)
子供の頃、私は毎晩祈っていた。パパとママが喧嘩しませんように、明日はお友達と上手に喋れますように、上手に生きられますように。願い事はたくさんあった。叶ったことはない。
「あ、流れ星」
窓の外を見ていた未来ちゃんが、そう言うと私を見て笑った。サイドチェストに置いた二人分のカップからは、とうに湯気は消えている。
「何か願い事した?」
「はやくて出来なかった」
「何をお願いするつもりだった?」
眉を下げて作ったような笑みを浮かべた未来ちゃんは、すっかり冷めてしまったココアに口をつけた。今の質問は失敗だった。未来ちゃんを困らせたいわけじゃないのに。言葉にしてしまってから気付いても遅い。誤魔化すように私も自分のカップを手にする。
未来ちゃんが、弟を探しに近界へ行きたいと望んでいることを、私は誰よりも知っている。だからきっと流れ星に願うならそれだろうと、わかっているのに。わかっていて訊いたのは、意地悪だっただろうか。
「ココア、冷めちゃったね」
未来ちゃんはカップに目を落として「うん」と一言。私も未来ちゃんも、半分ほど残したココアの入ったカップをサイドチェストに戻した。夜もだいぶ更けてきた。未来ちゃんとのお泊まり会は、おそらく今日が最後だろう。
「未来ちゃん」
「なに?」
「ひとりで泣かないでね。……どこにいても」
「……うん。ちゃんもね」
「泣かないよ。未来ちゃんの前でしか、泣かない」
今でも願い事はたくさんある。ママが帰って来ますように、パパに叩かれませんように、上手に生きられますように、未来ちゃんがずっとそばにいてくれますように。
「ちゃん、ごめんね」
「なんで?」
「……そばにいられなくて、ごめんね」
そう言って未来ちゃんは私の右腕をそうっと撫でた。もう一生消えないであろう痣の上を、未来ちゃんのあたたかい手が滑る。私は「未来ちゃんが謝ることないよ」と目を閉じた。「おやすみ」と未来ちゃんは私の手を握った。私がいつも祈るときに自分の両手を組むように、未来ちゃんが私と未来ちゃんの手を組む。
子供の頃の日課は習慣になり、未来ちゃんの言う通り癖になった。明日になったら繋いだ手はほどけてしまうだろう。願い事は今でもたくさんある。たくさんあるけれど、私は知っている。信じるものはいつだって救われないということを。
(20210321/星にまみれて泣かないで title by オーロラ片)
「あーあー泣くな泣くな」
「だってえ」
「赤くなっから擦んなよ」
「いたいよお」
「おい目ぇ閉じたまま切んな。危ねぇだろ」
ぼたぼた溢れてくる涙を止めようと目を閉じながらも玉ねぎを切ろうとすれば、隣で野菜を洗っていた諏訪さんに手を掴まれた。けれど諏訪さんが「ちょっと待ってろ」と言うと、その手はすぐに離される。
玉ねぎを切るときは包丁がきちんと研いであれば沁みないと以前ネットで見かけた。けれど普段料理なんてしない諏訪さんのお家の包丁がきちんと研がれているはずもなく、カレーが食べたいと言い出した諏訪さんのために作り始めたは良いものの、案の定玉ねぎを切って涙が溢れてきた。しみる。
「おら、こっち向け」
「いたい」と言いながら諏訪さんの方を向けば、顔にティッシュを押し付けられた。
「諏訪さんのせいだ」
「はあ?」
「諏訪さんがちゃんと包丁研いでおかないから」
「んなことすっかよ」
そんな会話をしながらも、諏訪さんは優しい手つきで私の涙を拭っていく。口は悪いのにそういうところは優しいし、私はそういうところが結構好きだったりする。
諏訪さんと付き合い始めて結構経つけれど、私はこの人以上に好きになる人にはこの先出会えないだろうなと漠然と思っている。そういうことを誰かに話すと、まだ若いんだからとか何とか言われるから、言わないけれど。
「ありがとう。もう大丈夫」
「おう。残りは俺が切るか?」
「諏訪さん下手くそだからいい」
「はあ? そんなんに下手も何もねぇだろ」
「嘘だよ。でも諏訪さんは諏訪さんの大好きな私が作ったカレーが食べたいだろうから私が全部やる」
「おまえ、よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるよな……」
「諏訪さんは私のこと好きじゃないのか〜」
「そうは言ってねぇだろ」
「じゃあ好き?」と訊けば、諏訪さんは目を逸らして「あー」なんて言っている。好きだとか愛してるとか、簡単に言葉にしないところも、好きなところのひとつ。だってそっちのほうが、特別な感じがして良い。
まだ気まずそうに頬を掻いている諏訪さんを見て、やっぱりこの人以上に好きになる人は居ないだろうなと思う。
「ねえ、諏訪さん。結婚しよう」
付き合い始めても私が諏訪さんって呼ぶことを実はちょっと不満に思っているのに、それをはっきり言わないところも、結構好き。好きなところを数え出したらキリがなくて、本当にこの人が好きだなあと思ったら、私の口からはそんな言葉が溢れていた。
諏訪さんは「はあ?!」と声を上げながら、レタスを千切って皿に盛っていく。
「俺ぁまだ21だぞ」
「わかってるよお。私と同じなんだから」
別にね、今すぐじゃなくて良い。ちゃんとプロポーズされたいし。諏訪さんがずっと傍にいてくれる保証はどこにも無いから、言葉だけでも、何でも良いから欲しいんだよ。ああ、でも、私はこの先諏訪さん以外を好きになることはないけど、諏訪さんはそうじゃないかもなあ。そうなったらどうしよう。私、ちゃんと聞き分けの良い女でいられるだろうか。
「ま、でも左手の薬指は空けとけよ」
どうやら聞き分けの良い女になる必要はないみたい。
(20210307/こわれないことば title by エナメル)
街灯の少ない道で、小さな灯りが点々とそれを照らしている。それがまだ枝の端々を彩っていた頃、人々はそれに目を向けて美しいと写真を撮るのに、道に転がったら容赦なく踏み潰す。たくさんの人や車や自転車に踏み潰されたそれは黒く汚れ、それでもやはり美しくて、わたしはいつも、それは呪いみたいだと思っていた。
「人を恨んだことがある?」
隣で桜を見上げていたヒュースにそう問いかければ、彼は「なんだ急に」と桜から目を外した。
春は出会いと別れの季節だなんて、誰が言ったのだろう。始まれば終わるし、出会いがあれば別れもある。けれど、終わりって、ほんとうに必要なことだろうか。
「わたしはあるよ」
「あるのか?」
「うん。今」
「ヒュースを恨んでる」、風がざわめいて桜が散って、花弁が舞う。「オレを?」と首を傾げたヒュースの頭に、肩に、唇に桜の花弁が触れて、わたしはそれをそうっと取り払った。その唇に触れていいのは、わたしだけなのだから。
夜中に二人で散歩に行くのは珍しくない。わたしか、ヒュースのどちらか、もしくはどちらもが眠れない日に、よく二人で外を歩いた。今日も、他愛のない話をしながらなんとなく歩いて、眠くなったら戻って、そういう散歩のはずだった。国へ帰る。ヒュースの口からそれを聞くまでは。
「そう、ヒュースを。わたし、こんなにヒュースのこと好きなのに」
始まれば終わる、出会えば別れる、永遠はどこにもない。
「オレも好きだ」
そう言ってわたしの髪に落ちた桜の花弁を、ヒュースが払う。ヒュースは誠実ではないけれど、かと言って不誠実でもない。わたしはそれをよく知っている。ヒュースは思ったことを何でも口にするし、愛想も無いけれど、わたしを好いてくれている、とは思っていた。それをいざ明確に言葉にされて、嬉しいと同時にどうしようもなく悲しくなる。だって、わたしは終わりがきたのだと悟ってしまったから。
「ほんとうに?」
震えていく声を自分ではどうすることも出来なかった。「ああ」と頷いたヒュースに両腕を伸ばす。
「ほんとうに、わたしのことが好きなら、抱きしめてよ」
帰りたいところへ帰れるのだ。祝福しなければならないのに、わたしの口からはわがまましか出てこなくて、そんな自分を呪いたくてたまらない。いっそ、ヒュースが呪ってくれれば良いのに。
「今、ここで、わたしのこと置いて行かないって、約束してよ……」
ヒュースの視線がわたしから桜へ移っていく。何も言わずにゆっくりと歩き出したヒュースを見て、わたしは伸ばした腕を下げた。強く吹いた風が桜の花弁を散らす。アスファルトに散らばった花弁たちは、きっと明日には黒く汚れてしまうだろう。春は、呪われている。
(20210226/呪いみたいな春)
う、うるさ……。目を開けずに「……なに?」と訊けば「雪! 積もってる!」と暗闇には似合わない元気な声。ゆき……。どうりで寒いと思った。ぬくぬくしたお布団から出たくないくらいに寒い。
「そう……。よかったね……」
「は? 何で潜んの? 起きろよー!」
よー!と同時に布団を引っぺがされ、寒さに身震いした。しかしそんな私に目の前の元気過ぎる平腹が構うわけもなく「起きろって!」と騒ぐ。う、うるさ……。
布団を返してもらうべく目を開けて起き上がれば、目に入った時計はまだ朝の五時を指していた。こんな時間に起きてるの谷裂くらいだ。今日は私も平腹も非番だけど、平腹はどうしてこんなに早く起きているのか。休日は昼頃まで寝ているときもあれば早起きなときもあるけど、こんなに早いのは珍しい。
「私、今日、非番」
「だな!」
「だから、まだ、寝る」
「布団返して」と言ったけど、平腹はその言葉を無視して「外雪積もってるって!」と笑った。それはわかったよ。
「うんそうだね寒いね」
「遊ぼうぜ!」
ええ……。寝起きで覚醒しきらない頭に何か、遊びに誘われる言葉が聞こえた。ぐいぐいと腕を引っ張られて布団から出ざるを得なかった。腕を引かれながら「上着これ?」と部屋の片隅に掛けてあった上着をぽいっと肩に掛けられる。眠い……。
「ひらはら……」
「んー?」
「私、まだ眠い……」
「ほ? でもオレはと遊びてーもん!」
「はオレと遊びたくねーの?」と首を傾げる姿は可愛い。私がその顔に弱いの、平腹は知らないはずなのに、いつの間にかバレてしまったのだろうか。いや、平腹がそういうことに気付くわけがないな。
仕方ないなあと思いながら平腹と二人で廊下を進んでいく。上着を肩にかけたままじゃ寒くて、一度平腹の手を外して、袖を通してから、今度は手を繋いだ。雪が降っていても平腹はあったかいなあ。体温の高い犬みたい。
外に出ると私の手を引っ張って平腹が駆け回った。「すげえー! でっけー雪だるま作ろうぜ!」と平腹は素手で雪だるまを作り始めたけど、私は手袋をするのを忘れたからその光景を眺めることにした。手の平サイズだった雪玉は瞬く間に大きくなって、次は頭を作るのだと平腹が雪玉を転がす。「もやろうぜー!」と誘われ、手袋がないから見てるだけにしようと思ったけど、楽しそうな平腹を見ていたら私も作りたくなってそっと雪玉を転がした。雪だるまを作るのは意外と難しく、途中で雪玉が割れてしまったり胴体に頭を上手くのせられなかったりしたけど、何とか完成した。
「、手ぇ真っ赤じゃん!」
「すげー! おもしれー!」と平腹が私の手を取ってケラケラ笑う。おもしろくはない。
「素手で雪触ったから。えいっ」
「うおっ、何すんだよ!」
「平腹が無理矢理連れ出すから私の手が冷えたんだからね!」
平腹のあったかい首に私の冷たい手を押し付けながらそう言えば、平腹は「楽しいなー!」とまた笑った。まあ、確かに、楽しい。しばらく二人で遊んでいたら、佐疫が朝ごはんだと呼びに来てくれた。朝ごはんを食べたらまた遊ぼうと言う平腹に頷いて、次は手袋をつけようと考えたけど、平腹の手があたたかいからやっぱりいらないかな。
(20210221/雪だ!)
「エガモルフォ モルフォ蝶の一種」
ケースの下、簡単な説明が書いてある札に目を向ける。モルフォ蝶は聞いたことがある。翅の表側に金属光沢を持ち、この光沢は青に発色する。
「それ、気に入った?」
青に見惚れていた私に声をかけたのは、赤司くんだった。赤司くんは私の隣に並ぶと私と同じ方向に目を向ける。
蝶とは正反対の赤司くんの瞳のなかに、あの標本が映っているのかと思うと、それはとても神秘的で奇跡のように思えた。その瞳を覗きたいのにそれは叶わない。そうなったとき、その瞳に映るのは青い蝶ではなくなってしまう。
「美しいね」と返せば、赤司くんは頷いた。ふと、標本の蝶はどうやって殺されるのだろうと想像する。胴体を潰されるのだろうか。翅を切ることはしないだろう。
「胸の部分を圧迫して殺すんだ」
私の心を読んだかのように、赤司くんは呟いた。「美しい翅を残したまま、心臓を潰すんだよ」と赤司くんは私を見ずに言う。
「どうして標本にするの?」
ゆっくりとこちらを向いた赤司くんが「美しいものは、美しいままでいてほしいだろう」と私を見つめる。美しいものは、美しいままで。心の中で赤司くんの言葉を繰り返したけれど、私にはよくわからなかった。「には難しいかな」と赤司くんは笑った。
「私にはよくわからないな」
「好きなものは閉じ込めてしまいたくなるんだよ」
そっと私の手首を掴んだ赤司くんが、そこに親指を滑らせて脈を探し当てた。「どこへも行かないように」と微笑んだその顔で、いつか私の心臓を潰すのだろうか。ふと、視界の端で蝶の翅が揺れたような気がした。
(20210218/エメラルド製の翅脈が振れる title by オーロラ片)
性行為とは性欲に基づいた行動であり、生殖行為の一種でもあるが快楽や愛情表現を目的として行われることも多く、必ずしも生殖を目的としない。
そもそも性欲はヒトにとって基本的な欲望であり、その欲望を満たすための性交である。性欲の引き金になるのは五感を介した情報、外的刺激であり、例えば、普段は真っ白な手袋に隠された骨張った手を見たとき。例えば、酒を飲んだとき上下する喉仏を見たとき。例えば、不愉快極まりない質問を投げかけた後、愉快に細まる目と合ったとき。
脳、それも生きていくための意欲を司る最高中枢である大脳皮質の前頭前野。そこで外的刺激は情報処理される。このとき「骨張った手を見た」という事実に「あの骨張った手で触れて欲しいと思う」というイマジネーションが働く。
「故に、ヒトの性交は単なる生殖活動ではなくなる」
「なら、きみは動物の性交には愛がないと思うのかい?」
「私は動物ではないからわからないわね」
「きみが俺の手や喉仏や、俺に不愉快極まりない質問を投げかけられることが好きだというのは驚いたな」
「ならもっと驚いたって顔しなさいよ」
「それより話の続きをしよう」
続き。ヒトの生命活動になくてはならない中枢器官、視床下部。外的刺激が脳にインプットされ、性交をしたいという情動が高まり、視床下部に伝わる。
「つまり?」
熟考。適切な言葉が見つかるまで考える。およそ15分。目の前の、なんでも見透かしたように笑う男のための言葉なんて、見つかりっこない。
「私を抱けって言ってんの!」
結局いつもこうだ。
Aムルちゃんと下着の話
※ムルのセリフはほとんどロクさんから貰いました。ありがとうございます。
「ここのリボンだけ触り心地ちがーう! なんで?」
コテンと可愛らしく首を傾げたムルに「そ、そういうデザインだから……」としか返せなかった。「へえ」と一応納得したらしいムルのあたたかい手がブラジャーのリボンに触れる。しばらく触って満足したのか、ブラジャーに手を掛けようとしたムルだったけれど「あ」と何かに気付いたように顔を上げた。
「な、なに?」
「こないだ着けてたやつはホックが前にあった!」
「今日はどこ?」とこれまたコテンと首を傾げた。後ろ、と教えるより先に「この刺繍、クロエが見たら喜びそう!」と楽しそうなムルの指が、ブラジャーに施された刺繍の上を滑る。クロエに見せることはないけれど、それを言うと「なんで?」と返されそうなので黙っておくことにした。下着越しとはいえ、それが少しだけ擽ったくて、それから逃れたくて「ホックは後ろだよ」と教えた。ムルは私を抱きしめるように背中に手を回して、「ほんとだ! あった」と笑ったけれど、それを外すことはしなかった。安堵と、落胆が少しだけ。
「ねえねえ! なんでサイドがリボンで結んであるの?」
ショーツの端のリボンを弄ぶムルに「そういう、デザイン……」と返す他なかった。なんで、と訊かれてもそれ以上の答えは私には用意できない。
「それさっきも聞いた! そういうデザインって?」
「え、えっと……可愛いデザイン」
「は可愛いデザインが好きなの?」
「うん。でも、これは……その、ムルが好きそうだったから……」
「俺が好きそうだから着てるの?」
「えっと……うん……。嫌い?」
「こういうの」と目を逸らしながら訊けば、ムルは「うーん」と考える素振りを見せた。好きとか嫌いとか以前に、こういうのに興味ないかもなと自分で訊いたくせに少しだけ後悔。いつもこうだ。昔から、ムルのための適切な言葉は見つからない。
「ううん、嫌いじゃない! 好きだよ!」
見つからないまま、ムルは変わってしまった。
(20210211/下着の話とか)
北の国の寒さは刺すように痛くて、しん、と静まりかえったような寒さだった。その晩は狼の鳴き声が酷くよく聞こえて、私は眠れなかった。山の方で何かあったのかもしれない、と家を出たのは深夜の3時を過ぎた頃。
山の入り口からずっと歩いて、右に行った奥、大樹の側に血だらけの男が倒れていた。オーエンだった。また誰かと殺し合いでもしたのだろうか。オーエンは魂を隠している、だから死なない。そんな話を聞いたことがあったけれど、放っておくのも寝覚めが悪い。だから防寒魔法でもかけておくか、と呪文を唱えようとしたときだった。オーエンの目がゆっくり開くのを見た。
「……なに、おまえ」
その目が涙で濡れているのに、私は大層驚いたのだ。何て返そうか悩んで、私は「狼がひどく鳴いていたから、何かあったのかと思って」とここに来た目的を話した。それを聞いたオーエンは木に身体を預けると、また目を閉じた。
「何もないから、帰りなよ」
「オーエンは帰らないの」
「僕がどこに居ようと僕の勝手だろ」
「それはそうだけどね……」
「なに、もしかして僕のこと心配してる? 僕みたいな魔法使いを心配する自分って良い人だなって、自分に酔いしれてる?」
そう言って人をバカにしたように笑うオーエンの瞳には、もう涙なんて欠片も無かった。私はオーエンの隣に腰掛けて、一応持ってきた軽食のクッキーを取り出した。
「いや、オーエンじゃなくて狼の心配してる。鳴き声がいつもと違うから」
「隣に座るなよ」
「でも、オーエンの心配もしてるよ」
食べる?とクッキーを差し出すと、オーエンはそれを奪うように私の手から取った。
「番を亡くしたんだ」
クッキーを食べながらそう言ったオーエンに、それが私が先程言った「鳴き声がいつもと違う」に対する答えなのだと気付く。「だから今晩はそっとしておいて」、そう言ったオーエンは私の手から残りのクッキーを奪った。
(20201024/無題)
「ふふ、そんなに熱心に見つめられると穴が空いてしまいますね」
私の隣に座る客と話していた彼は、そう言ってスッと私を見た。私は半分減った酒に口付けながら「穴が空いてもシャイロックは綺麗よ」と返した。隣の客が空になったグラスを揺らしながら「はは、違いねぇ」と豪快に笑う。
「ありがとうございます」
空のグラスを客から抜き取ったシャイロックは、そう言って微笑んだ。客はそれを合図に「今日はこの辺にしとくよ」と帰って行った。客の多かった店内も、段々と減ってきて、カウンターには私一人になった。
「はあ、シャイロックって本当に綺麗。ねえ、どうしたら夜明けまで一緒にいられるのかしら」
「おや、素敵な口説き文句ですこと」
「はぐらかさないで。教えて、私、あなたのためなら何でもしてあげる」
私の手からグラスを抜き取ろうとした手をそっと撫でる。シャイロックはそれを躱すと「では、ムルを魔女に変えて抱くのやめてもらえます?」と微笑んだ。あ、ばれてた。
「あなた、女性にしか興味が無いのでは?」
「魔女にしちゃえばそれはもう女性じゃない。それに、顔の良い男って女になっても顔が良いから。シャイロックは絶対に美人なお姉さんになるわ」
ムルは少女みたいで可愛かったよ、と言えばシャイロックの持つグラスにヒビが入った。
「怒らないで。ムルも楽しんでたし、次は三人で遊びましょ」
あ、グラス割れた。
(20201024/無題)
狭い箱の中にいるんです。立つことも、普通に座ることも出来なくて、蹲る様に箱の中にいるんです。関節が固まって、筋肉が萎縮してきて、苦しくなるんです。暗くて、何の音もしなくて、でも時々水が流れるみたいな、なんていうんだろう……。波の音にも近いような、そんな音がするんです。それで、箱が突然揺れて、多分宙に浮いているんだと思います。ガタガタ、誰かが揺らすんです。こわくて、でも声が出なくて、発狂しそうになって、そこでいつも目が覚めるんです。ここ最近そういう夢を何回も。今日で確か……4回目くらい、です。え??他の人に?言ってませんよ。実は相談っていうのはそのことで……。スカラビア寮に行ったときベッドが少ないからって、先輩と一緒に寝たじゃないですか。あのとき、すごくよく眠れたなって。夢も見ないくらい。それで、今日一緒に寝て貰えないかなって……。勿論対価はお支払いします。といってもお金はあんまり無いんですけど……。え、お金はいらない?じゃあ何をお支払いすれば……。私魔法も使えないし、特別何か持っているわけでもないですし。時間?そんなものでいいんですか?先輩がいいならいいですけど……。じゃあ契約成立ってことで。ふふ、なんかこれアズール先輩みたいですね。あ、お昼休み終わりますね。すみません、折角の休み時間に。じゃあ、また放課後。
「フィエットみたいですね」
放課後、教室まで迎えに来てくれた先輩が言う。私はそのフィエットが何のことかわからなくて「フィエット?」と返した。先輩がするりと私の手を取りながら「はい」といつもの笑顔を浮かべる。手を振りほどく理由もないので、私はそのまま先輩と並んで歩いた。
「以前陸の文化を調べているときに目にしたんです。元々は司教を閉じ込めるために考案されたものらしいですが……。さんが見た夢の通り、立つことも普通に座ることも出来ないような檻のことをフィエットと呼ぶらしいですよ」
「先輩は何でも知ってますね。でも、なんでそんな夢を見るんでしょうか?」
「それについては何とも……。なぜ人が夢を見るか、はまだまだわからないことが多いですし。夢は深層心理の表れとよく言われますけど……」
「さん、誰かに閉じ込められたい願望でもお持ちなのでは?」と先輩が揶揄うように問う。それに「そんな願望ありません」と返すも、先輩はクスクス笑っていた。そうこう話しているうちに鏡舎に着き、そこからオクタヴィネル寮へ向かった。
モストロ・ラウンジの開店まで時間があるから、と先輩は先に部屋へ案内してくれた。簡素で、窓際の棚にテラリウムが飾られている。あのオンボロ寮にわざわざ来てもらうのは申し訳ないと思ったけれど、もしかして私結構大胆なことをしているのでは、と今更頬が熱くなる。気恥ずかしさを感じていると、先輩が「さんが僕の部屋に来てくれて助かりました」と紅茶を淹れてくれた。
「さすがにあのオンボロ寮に来てもらうのは申し訳ないので……」
「僕はさんと二人ならどこでも構いませんよ」
その言葉に、結構先輩に気に入られているよな、と自惚れる。そんな私を他所に、先輩が私の方に置いたカップに、小瓶に入った液体を入れた。私が何ですか、と聞く前に先輩が「最近顔色が優れないなとは思っていたんです」と話し出した。
「きっとあまり眠れていないのだろう、と心配だったんですよ。あぁ、これはリラックス効果のあるただのシロップですよ。甘いほうがお好きでしょう?」
「どうぞ」と言われて、それに口づける。確かに私は紅茶やコーヒーに必ず砂糖を入れるし、甘いほうが好きだ。けれど、それを先輩に言ったことがあっただろうか。「本当に、こちらに来てくれて助かりました。わざわざ夜中に向こうまで行く必要が無くなったので」、先輩が笑っている。甘い紅茶は、私の思考を溶かしていくようだった。
「さんには誰かに閉じ込められたい願望なんて、勿論無いのでしょうけど、さんを閉じ込めたいという願望が、僕にはあるんですよ」
ぐらぐらして、頭が回らない。うまく呼吸が出来ない。カップが手から滑り落ちていく。それに手を伸ばすことも出来ず、座っているのさえ辛い。歪んでいく視界に、笑顔の先輩が映る。「な、んで……」、なんで、私を……。
「さんの時間をくださいって、言ったじゃないですか。ふふ、大丈夫。今夜からは悪夢は見ません。ずっと僕が傍にいますから」
(20200723/少女-フィエット-)
「見てないよ」
「嘘!見た!」
「見た、んじゃなくて、見えた、んだよ」
仕方ないでしょ、と佐疫。佐疫の前では「ぷんぷん」という効果音を纏った が、ご飯を頬張っている。そんな二人の間に、あやこはおろおろしながら唐揚げののった皿を持って行く。あやこは止まらない の手に、足りるだろうかと不安になった。
「やっぱり見たんじゃん!あやこちゃんありがとう!」
「だから、見た、んじゃなくて見えた、んだよ。ありがとう、あやこ」
あやこは軽く会釈をしただけて台所に引っ込んだ。追加を作らねば足りない。キリカに全然足りないことを伝えれば、すぐに調理を開始した。 は元々食べる方ではあったが、今日は特に食べる量が多いな、とあやこは思った。調理を開始しても、佐疫と の喧嘩は止まらない。いやあれは喧嘩なのか、とあやこは鶏肉を切りながら思う。
「子供っぽいパンツ履いてるなって思ったでしょ?!」
「思ってないよ。食事中にそういうこと言うのは止めようね」
「エロビデオに出てくるお姉さんみたいなパンツじゃなくて残念だなって!」
「可愛いなって思っただけだよ。もう少し言葉遣いに気を付けようね」
はぷんぷんと怒っているが、佐疫はずっとにこにこして、宥めるような口調で に言い返しているのだ。
「佐疫さんのむっつりすけべ!」
一際大きな の声に、あやこもキリカも一瞬手を止めた。キリカが「あらあら、 ちゃんったら元気ね」と笑ったのを合図に調理を再開。あやこが揚げたての唐揚げを持って行けば、 は怒りながら「あやこちゃんご飯のおかわり貰っていい?!」と茶碗を差し出した。
「 、あやこに八つ当たりしちゃだめだよ」
「八つ当たりじゃないもん!そもそも、佐疫さんがむっつりすけべなのが悪いんじゃん!」
あやこは茶碗を受け取ると逃げるように台所へ引っ込んだ。本日二度目のおかわりに、 の茶碗をもう少し大きいものに替えるべきだろうか考える。
「ごめんね」
の言葉を否定も肯定もせず、佐疫は優しく宥めるように言った。 は「ふぉういうところ!ふぉういうところ!」と謎の言語を発したが、佐疫は気にも留めずに「口にもの入れながら喋らないの。食べ終わったらいくらでも聞くから」と自分の食事を再開した。 を宥めるのに精一杯で、 は二杯もご飯を食べ終えていたが、佐疫はまだ一杯も食べていないのである。 の食欲も、喧嘩かっこはてなかっことじ。もまだまだ止まりそうに無い。
(20200708/佐疫さんのむっつりすけべ!)
散らばった大量の箱とか紙袋とか眺めて、溜息を吐いた。その全部は彼からの贈り物で、多分お高いところのロゴが印字されている。多分、って言うのは私はそのお店に行ったことが無いし、ネット通販も見られないから値段なんて想像だけど、何となくそんな気がする。というか彼が安い店に入るところが想像出来ない。未開封のそれらから一度目を外して、戻した。開けて中身を見ておかないと、彼はうるさいのだ。昔動画配信サイトで見た購入したものを紹介した動画を思い出す。今ではそのサイトも見られない。手段が無いのだ。彼はとにかく私が外の世界に繋がりを持つのを嫌う。
「また服か……」
とりあえず手近なところから、と封を開けた箱の中身は洋服だった。薄水色のワンピースは肌触りが良く、一目で上等なものだとわかる。残りも全部お高いものだろうな、とワンピースをクローゼットに仕舞いながら思う。広々としたウォークインクローゼットの中は彼からの贈り物で溢れ返っていた。ハンガーが足りなくて適当に畳んで床に置いた。足りないのは今に始まったことじゃないし、気が付いたらハンガーも増えていて、以前床に放った服もきちんとそれに掛けられていた。開け放したクローゼットの中に贈り物を入れていく。大きな箱は靴だった。小さい箱はネックレス、指輪、イヤリングと様々。他の紙袋にも洋服が数着。靴の入った箱も大分高さを増してきた。その箱の中身たちが日の目を浴びるのはいつだろうか、一生無いんじゃないかって思う。細々したアクセサリーはとりあえず宝石箱の中に乱雑に入れた。どうせこれも知らない間に彼がきちんと整理する。これは私の小さな反抗だ。私を外に出さないくせに、着飾るものばかり贈ったって意味ないじゃないか。
食器の入った袋もあったけれど、これは彼が帰って来ないとキッチンへ持って行けない。私は部屋の中なら自由に過ごせるけど、キッチンとベランダへの立ち入りは制限されていた。ご丁寧に私では開けられない鍵がかかっている。彼は「危ないからね」と言うけれど、私が自殺するのを避けるためだ。自分の知らない間にお気に入りの玩具が捨てられていたら子供は泣く。それと同じ。彼が泣くかどうかは知らないけど。
カチャンと玄関の扉が開いた音がする。彼が帰ってきたのだ。それを頭で理解するよりはやく、私の足は動いた。パタパタとスリッパが鳴る。「おかえり」と私が彼を出迎えると、彼は心底優しい顔で「ただいま」と私を抱き締めるのだ。彼が張り詰めていた糸が切れたように息を吐く。これは別に彼に強制されているわけでは無いけれど、何となく、ある日気紛れで始めてから習慣になった。多分、彼の「ただいま」と言う顔が、珍しいから。それだけだ。
「今日は何をしてたの」
ソファに座った彼が、私を抱えて手を繋ぐ。絡めとられた指を見ながら、私は「プレゼントの開封」と答えた。彼は「嬉しくなさそうだね」と、何が面白いのかクツクツ笑う。彼は気紛れで嘘吐きだ。自分がそうだからなのか、人の嘘を見破るのもお手の物だった。だからここで「そんなことないよ」と言ったって、彼には全部わかってしまう。私は素直に「もういらない」と口を尖らせた。
「ボクが居なくて寂しいかと思って」
「若い女を繋ぎ止めておきたいおじさんみたいだよ」
「おじさんじゃないけど、強ちそれは間違いじゃないね」
「だってボクは君を繋ぎ止めておきたいし」と彼が私に口付ける。血の味がするそれに慣れてしまった自分に、馬鹿だなぁって自分でも思う。私、別にヒソカのこと嫌いじゃないよ。どっちかといえば好き。「ただいま」って言う顔も、抱き締める腕も、重ねる唇も、全部本当だってわかってる。でも彼は気まぐれで嘘つきだから、言ってやらない。「本当」が一過性のものだったら、私それこそ自殺する。
「いつか私に飽きたら殺しちゃうんでしょ」
するり、と指が解けて、また繋がれる。彼が「それはどうかなぁ」と私の手に口付けながら言う。
「ボクは君を愛しているから」
(20200523/無題)
「は本当に紅茶を淹れるのが上手だね」
にこにこ、周りに花が飛んでいるかのような笑顔の佐疫さん。私も自分の紅茶に口をつけながら「ありがとうございます」と返した。佐疫さんに喜んで欲しいから頑張って覚えた、っていうのは秘密。私がお酒を飲めれば晩酌出来るのだけど、私はお酒が苦手だから、一等好きな紅茶にしている。佐疫さんはそんな私にいつも付き合ってくれる。「の紅茶が一番美味しいよ」と言って。
紅茶を飲みながら話すことは他愛も無い話で、その日の任務のこととか、こんな亡者が居たとか、ピアノの練習をしたとか。今日もいつもと変わらず他愛も無い話に花を咲かせていた。そうやって暫くお喋りをして、話題が尽きた頃「何だか暑いな」と佐疫さんが言う。今日は温かい紅茶にしたから身体が温まったのかな、と思いながら「暖房消しましょうか」と訊けば、佐疫さんは少し悩んでから頷いた。
「そろそろ寝ようか」
時間も時間だし、と空になった二人分のティーカップを片付けながら佐疫さんが言うので、「そうですね」と従う。ピー、っと軽快な音が響いて暖房が消える。キッチンで佐疫さんがカップを洗う音がする。私の部屋には、すっかり佐疫さんという存在が染み付いていた。
後片付けを終えたら、決して広くは無いベッドに二人で入る。私たちは恋人だし、夜、二人でベッドに入ってそういうお誘いが無い訳ではない。今日も佐疫さんは「ねぇ、」と熱を孕んだ声で私を呼ぶ。それからやさしく、やさぁしく、「いい?」と訊くのだ。私が断れないのを知っているくせに。
「いいですよ」
***
ズキズキと痛む身体を押さえながら起き上がる。隣を見れば誰も居なかった。キッチンで物音がするから、朝ご飯でも作っているのだろう。
寝起きでぼうっとする脳内に、昨晩の事が走馬灯のように駆け巡る。激しかったのだ。いつも優しくて、気遣ってくれて、大切そうに私に触れる佐疫さんが。
佐疫さんの紅茶に薬を盛ったのは、ほんの出来心だった。いつも優しい佐疫さんが、本能に負けて、理性を保てなくなったらどうなるんだろうって。抹本さんに無理を言って作って貰った、所謂精力剤は、それはもう効果覿面だったというわけだ。無色透明無味無臭だからばれなかった。
昨晩の佐疫さんを思い出す。私の腰を掴む手とか、余裕の無さそうな声とか、表情、とか。思い出すと何だか恥ずかしくなって、変な声を上げそうになるのをすんでのところで我慢する。奇声を発したらキッチンにいる佐疫さんに聞こえてしまう。
とりあえず顔を洗おうと、キッチンを通れば、やっぱり朝ご飯を作っていた佐疫さんが「おはよう」と笑う。佐疫さんの顔を見たら余計思い出してしまって、「おはようございます」と早口で返し、そそくさと洗面所へ向かおうとした。佐疫さんが「身体、大丈夫?昨日無理させちゃったよね」と背後から私を抱き締めたのだ。ぶわ、と顔に熱が集まるのを感じる。「だ、だいじょうぶ、です」と何とか声にすれば、くすくすと佐疫さんの笑い声。
「ごめんね昨日、俺、全然余裕が無くて」
ごめんね、という割にはどこか楽しそうに話す佐疫さんを不思議に思いながら「いえ……」と一言。余裕を無くさせたのは私だ。もう二度と薬なんて盛らない。そう決心する私の耳元に口を寄せた佐疫さんが柔らかい声で言う。「でも、がいけないんだよ。紅茶に薬なんて入れるから」。ばれてた。
(20191212/そこに孕むもの)
「ひゃっ、っ……お、いしい、です」
「うふふ、それは良かった。じゃあもっとあげる」
彼が箱からひとつ取り出して口に咥える。それだけなのに、それがとても扇情的で、彼の接吻ひとつで溶かされた私の思考は、ぐちゃぐちゃになる。
「あっ、……っ、ふぁ……んぅ」
「こら、溶けるまで口閉じちゃだぁめ」
「あ、……ぅ、は、ぁあ、……だ、ざい、さっ、んっ、……っ、」
「はぁ、……接吻だけなのに、そんなに可愛い顔しちゃって」
「は、ぁ、も、むり……」
ぎゅう、っと服を握る手に力を入れる。回らない思考で、何とか言葉を発しながら、彼を見る。彼は私の濡れた唇に指を這わせる。私の唇は、彼の指の侵入を容易く許し、指が、私の舌を小さく押す。溢れた唾液が、彼の指につくのを視界に捉える。
「ぅ、あ、……んぁ」
自然と出てしまった声に、彼が意地悪く目を細め、心底楽しそうな声で、告げる。
「あと三個残ってるから、ちゃあんと全部食べようね」
(20180313/ハッピーバレンタイン!だった)