「ねえ、真澄ちょっと手伝って」
声を掛けると至極嫌そうな顔を見せた後、ふいとそっぽを向いてしまった彼に、は「こら」と彼の頭を小突いた。
「あんたそういう露骨なとこあるよね」
「なにが」
「だから、そういうとこ。だってこれがいづみから声掛けられたんだったら、一つ返事で分かったって言うくせに」
「アンタとアイツは全然違う。当たり前」
これだ。
真澄の、いづみへの溺愛具合といえば劇団員皆が知る周知の事実であり、そこにの入る隙がないことなど彼女自身重々承知していた。
「すぐそれ。あんたほんっといい加減にした方がいいよ」
「アンタに言われたくない」
「ああ可愛くない。折角いづみへのプレゼント選び手伝ってもらおうと思ったのに」
「分かった行く」
「単純か」
もうすぐこの劇団の監督であるいづみの誕生日がやって来るので、誕生日プレゼントを買いに行くという口実で真澄を連れ出すというの目論みは成功したようだ。
こうでもしなければ、いつも学校から帰ってはキッチンでカレー作りの支度に取り掛かるいづみの後姿を眺めるためにリビングに居座るか、彼女が他の劇団の手伝いで留守にしている場合は部屋に閉じこもったきり姿も見せない彼と2人きりで出かけることなどできやしない。
随分年下の、しかも他の女しか見えていないような餓鬼にこんなに本気になるなんて、どうかしてる。は自嘲気味に笑ってから、そうと決まれば、と真澄の腕を引いて立ち上がった。
「さ、行くよ〜もういづみの欲しいものはリサーチ済み。ここからちょっと電車に乗っていくんだけど」
「やだ、面倒」
「あれ、いいんだ?折角付き合ってくれたら真澄が選んだんだよって渡してあげようと思ったのに」
「…なにそれアンタほんとずるい」
「なんとでも言いなさい」
休日の電車はそれはもう混み合っていて、残念ながら座席に座ることはできなかった。仕方がなく真澄と二人吊革に掴まりながら横並びに立って電車に揺られていたは、しばらくしてふと、先ほどから不自然にお尻の辺りにあたる誰かの手のようなものが気になりはじめた。
揺れた拍子に少し当たってしまった、というものでもなく意図してそこに置かれた手。
年齢が年齢であるし、今更痴漢だなんだと騒ぎ立てる気もないけれど、不快なものは不快だ。
ちらりと手のある方向を窺ってみれば中年の男性が何食わぬ顔をして立っている。なんて白々しい。きっと常習犯に違いない。
そう思うとなんだか無性に腹が立ってきて、ここは一発文句でも言ってやろうと僅かに身体を傾けた途端、車体が急ブレーキのせいで大きく揺れては後ろの真澄へ勢いよく体当たりする破目になった。
「なにやってんの」
「や、ごめんいまのは不可抗力」
「アンタじゃない」
よく見ると、の身体すら支えてくれなかった真澄の手が、誰かほかの乗客の腕を掴みあげていた。
「アンタも、大人しく触らせてないでなんか言えば」
「え、あ、うん…」
「オレだって年下だけどこれくらいできる」
は思わず胸がきゅんとするのを抑えきれなかった。
いづみのことしか見えていない癖に、偶にこうして諦めることを許してくれない。
こういうところが、彼のこわいところだと改めて思う。