所属事務所のアイドルが有難くも世間一般で知名度が上がってきたこともあり、メンバー達がバラバラに取材や収録の仕事を受けに出かける際の付き添いの数が足りず、一般事務員のわたしにまでそのおはちが回ってくるようになったのはここ最近のことだ。
今日はMEZZO"の二人が遠方まで取材を受けに行くということで、社用車を利用して出掛けることになっていた。
外は生憎の雨模様。
「それじゃ、わたしは車回してくるのでお二人はここで少し待っていてくださいね」
「はい」
「わかった」
行儀よく頷いた壮五くんと環くんを放って、事務所から出ると強風と共に大粒の雨が吹き荒れていた。
「うわっ」
「すげーやべー」
「これは…想像以上にすごいですね…お二人は濡れないように中にいてください。万が一風邪でも引いてしまっては大変ですからね」
傘をさしたところできっとすぐに役立たずになるだろうと思い、着の身着のまま雨の中駆け出そうとすると、「え、さん!?」と壮五くんが思わず、と言った感じで声を上げるのが聞こえた。
事務所から駐車場まではたったの100m足らずの距離で、そう遠いわけでもない。だからきっと大丈夫だろうと舐めてかかったのがまずかった。せめて雨合羽でも着てくるべきだったと気が付いたのは、やっとの思いで車に乗り込んでからのことだった。
生憎車に辿り着くまでは、そのことで頭がいっぱいだったものの、辿り着いてしまうとようやくそこで自分自身の状況を把握した。
強風の所為で打ちつける雨が尋常ではないこともあり、まるでバケツの水でも被ったのかというくらいの雨水の滴り具合だ。
水も滴るなんとやら、とすらも言えないほどの状態だったものの、雨の中安全運転で彼らを目的地間で送り届けなければならないとなると、着替えを取りに戻る時間すらも惜しかった。
ひとまず事務所に車をつけると、すぐに乗り込んできた壮五くんと環くんは言葉を失った様子だった。
「さん!?」
「…アンタほんとはバカだろ」
辛辣な環くんに、返す言葉もなくあははと笑って、そのまま走り出した。
二人の為に快適な温度に設定した車内の空調が、水浸しのわたしにはまるで底冷えしそうなほどの冷房に感じられた。
「いやーよりによって今日こんなすごい雨だなんて、参っちゃいますね」
「そうですね、このところいい天気の日が続いていたので少し油断していました。環くんのてるてるプリンは負けちゃったみたいだね」
「やっぱてるてる坊主にしといたほうがよかったんじゃね?そーちゃんがプリンにしてもいーとか言ったせいだからな!」
むっとした様子で環くんがそう言って、壮五くんが焦ったように宥める。
いつもであれば笑って見守るようなそんな二人の掛け合いだったけれど、生憎空調の所為で身体の芯まですっかり冷え込んできたわたしは苦く笑うことしかできなかった。
10分程走ったところで、環くんが突然「なー」と声を上げた。
「さん、オレちょっと寒い。クーラー切ってほしーんだけど」
「え、ホントに?ごめんね、温度低く設定しすぎちゃったかな。壮五くんはどうかな?」
「…そうですね、確かに少し肌寒いような気がします」
僅かに考えるようにして壮五くんまでそう言うので、慌てて車内の空調の温度を調整した。
ほんの少し、寒さが和らいで二人には内緒でホッと一息ついた。
生憎目的地の駐車場は屋外で、折角長時間かけて車内で乾いた洋服がまた水浸しになるのかと思うと自然に重い溜息が口をついてでた。
傘は壮五くんと環くんの二人分しか積み込んでいないことは、用意した本人のわたしが一番よく分かっている。
「さて、到着しましたよ。ちょっと待っててください、いま扉を―――」
わたしが言い終わる頃には、環くんが勝手に車の扉を開け放って、傘を片手に車から降りていくところだった。
「ちょ、環くん!」
「さんはそこで待ってりゃいーから」
「いや、ちょっと―――」
その間に壮五くんまで珍しくわたしの指示を無視して勝手に車から降りてしまった。
「壮五くんまで!ちょっと!」
わたしが叫び終わるや否や、小走りで傘を片手に走り寄ってきた環くんが勢いよく運転席の扉を開け放った。
「ほら、あんたのことだからどうせ自分の傘ねーんだろ。しかたねーから入っていいぜ」
「ああ、環くん。さんとは僕が入っていくから大丈夫だよ。僕より環くんの方が身体が大きいんだし濡れてしまうだろう」
思わずポカン馬鹿みたいに口を開けてふたりを交互に見やってしまった。
「そんなこと言って、そーちゃんがさんと相合傘したいだけだろ」
「なっ!環くん!僕は別にそんなつもりじゃ…!」
「でもオレだってさんと相合傘したいからゆずってやんねーし。大体、さっきのクーラーだってさんが寒そうだなって、オレの方が先に気が付いたんだからな」
運転席の扉を開いたまままた言い合いを始めた二人に、なんだか気が抜けて笑ってしまうと同時に、周りをよく見て気遣いのできる彼らをもっともっと上手に支えていきたいと、改めて思った。