汗で首筋に張り付いている私の髪を太宰さんが優しく、愛おしそうに見下ろす。じわりじわりと汗が滲む嫌な季節。四つある中で一番嫌いな季節。張り付いた髪を、わざとたっぷり時間かけて、そっと彼の指先が払っていく。彼の指先が喉元に触れている、それだけでぞくぞくしてきて、大袈裟にごくりと唾を飲んだ。震える喉元に、太宰さんの目が細められる。ああだって私ちょうど、首筋に絡みつくのが髪なんかじゃなく、彼の指であったならどんなにいいかと思っていたところだったから。そうしたら、このじっとりと汗ばむ季節を好きになれる。夏という季節に、誰かと肌が触れ合うのは大嫌いだった。だというのに、今こうして彼に汗ばんだ体を撫でられるのが、たまらなく幸福な時間に思えてしまっている。

「私、死ぬなら夏がいいです」

 ぽつりと呟いたら、太宰さんが少し驚いた顔をする。対して私は、なんてことない涼しい顔をしていたから、太宰さんもすぐ、なんてことないいつもの表情に戻ったけれど。いつもみたいに、底の見えない微笑を浮かべて、「この上なく魅力的な誘い文句だね」と言う。大嫌いな季節なのに。汗をかくのが大嫌いだったはずなのに。じりじりと、私という存在を焦がされていくようなこの感覚が心地いい。このまま、太宰さんに触れてもらえている今、ぜんぶ溶けてしまえたらいいのになあって思えてしまう。

「責任取ってくださいね、太宰さん」
「うん?何の責任かな」
「いたいけな子どもに、こんな熱を与えたことですよ」
「うぅーん。君の体がこんなに熱いのは夏のせいかもしれないし、君はもう子供じゃなくて十分、一人の綺麗な女性なのだし、その点について私が責任を取るのは難しいよ」

 よく言う。少し前まで、穢しちゃいけない子どもみたいに私を扱っていたくせに。「私綺麗ですか」「綺麗だよ。夏だからかな」彼が言うのなら、そうなんだろう、私はきっと今が一番綺麗なんだろう。今までの人生の中で一番。これからの人生を思っても、きっと今以上はやってこない。太宰さんはずるい。男というのはずるい生き物だ。青い内はこちらがどんなに望んでも見向きもしないくせに、花盛りの時期と見るや、摘み取る。一番美しい時に。一番食べ頃に。熟しきって味が変わってしまわないうちに。長く待ったわりに、一瞬なのだ。その時期は。この人に愛してもらえる一番の時間というのは。

「一番綺麗なときに、」

 しんでしまいたい。

「愛されたい」

 息を止められたい。彼のその手で。
 太宰さんが目を細める。そのまま彼の体が沈み込んで、私の唇を塞いだ。

「暑さでおかしくなった?」
「…そうかもしれないですね」
「もっとおかしくなってしまえばいいのに」

 彼の指が私の首筋に伸びる。そう、そうだ、暑さは人をおかしくするのだ。「綺麗だよ。今の君が、どの季節よりも一番」喉元に指先が触れる。(ああやっぱり、夏が、好き、ああ嫌い)(ああ、今すぐ 夏に、殺されたい)

討てない夏の魔物